髙橋洋平とは
キャンバス作品の制作のほか、壁画やライブペインティングなど、平面を中心に多彩な表現へと展開させているアーティスト。
風に揺れる植物や動物、焚き火、さざなみなど、形の定まらない動的なモチーフを定まらないままに、近視眼的な構図で抽象美を残しながらみずみずしく写実する。静寂や躍動感を切り取った作品は、観者を作品画面、それ以上の想像を越えた世界に導く事が狙いだ。
今回はインタビュー企画第二弾として、髙橋洋平の今までとこれから、アーティストとして伝えたい様々な想い、そしてオフィス×ウォールアートの未来までも語ってくれた。
出会いと偶然が重なり、ちぎって渡した3枚のスケッチ
鈴木(ディレクター)
はじめまして、本日は宜しくお願いいたします。さっそくですがアーティストを目指すようになった経緯やエピソードをお聞かせいただけ
ますか?
髙橋洋平
今考えると色々な偶然が重なり、流れで今があると思います。僕はもともと広告制作会社に入社して、2年くらいデザイナーをやっていました。
鈴木(ディレクター)
そうでしたか。
髙橋洋平
絵は暇な時にスケッチブックへ落書き感覚で書き溜めていたんです。専門学生時代、在学中から先輩のKAZさん※1 という方と仲良くさせてもらっていていました。卒業後は絵描きではなくグラフィックデザイナーとして就職し過ごしていた中、麹町画廊※2でKAZさんの個展があり、僕は書き溜めていたスケッチブックを持って遊びに行きました。その個展で、ポートランドから来ていたギャラリーのギャラリストに「どういう絵を描いてるの?」と聞かれ、書き溜めたスケッチブックを見せたんです。
当時のスケッチブックの写真
髙橋洋平
そこでギャラリストからポーランドでのギャラリーのグループ展に誘ってもらえて、参加しますという意味を込めてスケッチブックの中から3枚のドローイングをその場でちぎって渡したんです。このギャラリー展示が決定した事がアーティストを目指すスタートであり、きっかけでもありますね。そこで様々な作家とも知り合えました。当時、シーン全体で盛り上がっていこう!というムードもあって、DOPPEL※3のMONさんと写真家の嶋本丈士さん主催の#BCTION※4や、同じくDOPPELのBAKIBAKI さんのLivePaintDOJO※5というコンテストなど、色々な発表の機会に恵まれました。
鈴木(ディレクター)
KAZさんと出会ってなかったら・・・。
髙橋洋平
デザイナーを続けていたかも知れません。また、ちょうど同じ時期にHATOS※6の事務所に何度か遊びに行かせてもらう機会があり、それがキッカケで望月玲児郎さんに声をかけてもらいZINEを作るプロジェクトに参加しました。人づてに繋がった縁なんですよ、あと運も良かったと思います。その流れでHATOS BAR
で展示が出来たりしました。
鈴木(ディレクター)
髙橋さんは縁と運をつかみますね。
髙橋洋平
アーティストとして絵を描く志が出来た時、武者修行的に描く機会や露出を増やすためにクラブイベントでライブペイントしたり。そこで友達と試行錯誤しながらアイディアを出し、自分のフィールドを広げていきました。
鈴木(ディレクター)
当時のお話を伺うと、ここまで順風満帆の印象しかないですが就職もされていたということで、当時のお仕事からアーティストへの転身に迷いはありませんでしたか?
髙橋洋平
そうですね。当時は悩んだと思います。かなり良い職場でしたしデザインの仕事も凄く好きで、これでバリバリやっていくのもありかなと思っていました。ただ、有り難いことにアーティストとしての活動の機会を頂けるようになり、その誘いを断るのは悪いなと感じたんです。職場は退社してからもアルバイトとして働いてましたが、緩やかにアーティスト活動の比重が大きくなっていきました。
持たざるものが巨大な絵を描けるのは、壁画
鈴木(ディレクター)
周りの期待に答えた事でアーティストとしての活動も広がっていったんですね。先ほど絵画やライブペイントのお話がありましたが、ウォールアートをお描きになるようになった動機や出会いを教えて頂けますか?
髙橋洋平
ストリートアートへの憧れもあり、壁画にずっと興味はありました。また、昔からサイズは重要だなと思っていて、大きい絵を描きたいという気持ちもありました。ただ、巨大なキャンバスを作るのは資本も場所も必要ですよね。それを持たざるものが巨大な絵を描けるのが壁画なのではと考えたんです。※7
髙橋洋平の隠された想いと意図
鈴木(ディレクター)
壁画に対する気持ちを伺いましたが、髙橋さんが作品製作する上で大切にされてる表現のモチベーションについて教えてください。
髙橋洋平
失礼な言い方になってしまいますが、「ちゃんと絵を見ている人って全然いないな・・・。」と思って。絵って、わからないですよね?
鈴木(ディレクター)
まさに私ですね、教えてください!
髙橋洋平
僕はせっかく絵を見てるのに、もったいないなと思うんです。美術を見るって、どういう事なのかや面白さの部分を、もっとみんなに分かってほしいんです。
鈴木(ディレクター)
素敵ですね。自分の絵を通してと言うことですか?
髙橋洋平
そういう側面もあります。僕の絵を見た事でその人がこれから先、出会うであろう他の作品の見方も変わってほしいんですよね。
鈴木(ディレクター)
素敵なモチベーションですね。
髙橋洋平
例えば具象画は分かるけど抽象画はわからないと言う人がいますよね。でもその人は実際、具象画も分かっているとは言えないと思うんですよね。それはそこに何がモチーフとして描かれているかが見えているだけで、絵を見た自分の頭の中で何が起こっているかは分かっていないと思うんです。
※具象画・・・具体的にモチーフがわかる絵画の総称。
※抽象画・・・写実的な再現ではなく、色彩や線などの表現を追求した非具象的な絵画
鈴木(ディレクター)
絵を見た自分の頭の中で、何が起こっているかは分からないとは?
髙橋洋平
絵を見ると頭の中では色々な事が起こっています。花の絵があってそれが花だと認識するというのは、網膜が受け取った情報を脳内にある
様々な経験に基づくアーカイブと照合して脳が花だと判断する、絵を見る事で起きる脳の中の現象なんです。そういう前提を知ると色んな物の見方が変わってくると思うんですよね。
鈴木(ディレクター)
今、経験というキーワードがありましたが、私は野帳(2021年に行われた高橋さんの展示)で発表された廃車が積み上がった作品を見た時に、懐かしい気持ちと体験というか記憶が蘇ってきました。
2021年に行われた高橋さんの展示
髙橋洋平
この絵はザックリ描きなんです。タイヤの描き方を見てもらうとタイヤは丸なのに実は直線で描かれています。
鈴木(ディレクター)
たしかに!
髙橋洋平
直線で描かれた部分だけをトリミングして見てもタイヤには見えませんよね。頭の中で全体の情報を頼りに抽象的に描かれた部分を具体的なイメージに補完することで、鑑賞者の頭の中でリアリティを持った像が結ばれ、直線で描かれている箇所をタイヤとして認識できます。この作品は、見る人の頭の中にイメージを浮かばせる絵なんです。言葉は悪いですが、曖昧に描く事で人の頭の中で勝手に正しいイメージを保管して都合よく見るんですよね。
(暗い瓦礫と栄光の瓦礫の写真)
鈴木(ディレクター)
私は完全に都合良く見てしまいました。
髙橋洋平
画面を超えたリアリティーが頭の中で描かれて、それを見るのだと思います。
鈴木(ディレクター)
髙橋さんのおっしゃる通り本当にそうなんですよ、思い出が蘇りましたしね。小さい時、学校の帰り道で見た廃車工場の光景は暗かったんですが、髙橋さんの絵を見た
時に記憶の気分も変わりました。
髙橋洋平
見た人が、自分の記憶を頼りに脳で描くという事が重要だし、それはあらゆる鑑賞体験に言える事だと思います。例えば、人体と比較したら不思議なフォルムのキャラクターがいて、でもキャラクターとして認識できていますよね。それはデフォルメの様式をすでに学習しているからそう判断ができるのです。
プリミティブに道具の性質を追求
鈴木(ディレクター)
過去作品から追って拝見させていただくと表現方法が変化してますが、何か重視されている事はありますか?
髙橋洋平
ツールなりの表現で画面を構成するように心がけています。以前は絵を曲線で組み立てることが多く、それって体の動きに依存していると考えたんです。もっとプリミティブに道具のみを出したかった。身体由来の曲線表現を出さずに道具の表情のみを表現するには曲線より直線かなと感じて直線で構成するようになりました。
残酷な風景から感じた意味と、これからのオフィス×ウォールアート
鈴木(ディレクター)
では最後に今後どのような作品を制作したいか、お聞かせください。
髙橋洋平
大きい作品を描きたいと思いつつ…実は最近国立新美術館で開催されたダミアン・ハーストの桜の展示を見に行き感じた事があって。スケールの大きさと絵具のモリモリ感が過剰で、それはそれで凄い事なんですが。その時、隣で五美大展をやっていたんですよ。多くの作品が限られたフロア内に押し込まれて、その隣にはダミアン・ハーストの超リッチな絵画空間が理、残酷な光景を観てるなと思ってしまいました。
鈴木(ディレクター)
確かに。
髙橋洋平
大きいがカッコイイと言っているばかりじゃないなと感じたんです、小さくても何かあるんじゃないかなって。小さい絵も描いていきたいと心境の変化がありましたね。
鈴木(ディレクター)
そうですか。でもウォールアートはこれからも描いてくださいますか?(汗)
髙橋洋平
是非、描きたいですよ!逆に難しい事をNOMAL ART COMPANY さんへお願いなんですが、もっと抽象的でポジティブじゃない壁画の依頼ってありますか?
鈴木(ディレクター)
多くはないですね。
髙橋洋平
前提としてクライアントはポジティブな効果を期待してNOMAL ART COMPANY さんへウォールアートの依頼をされると思うのですが、ポジティブだけじゃない、複雑な思考を誘発させるような
アートがあっても面白いのかなと思っています。
鈴木(ディレクター)
素晴らしい課題を与えてくださり、ありがとうございます!
※1──KAZ / 奥田和久 アーティスト・イラストレーターとして国内外で活躍する作家。均一な筆跡と安定した構成で壮大な景色を描く作風が特徴。
※2──麹町画廊 かつて千代田区麹町の裏路地に存在したギャラリー。ストリート文脈の作家による展示会が多く開催された。2017年閉廊。
※3──DOPPEL BAKIBAKI / 山尾光平 と MON / 大山康太郎 によるライブペインティングデュオ。クラブイベントでのライブペインティングよりキャリアをスタートし、現在では国内外を問わず多くの壁画を残している。
※4──#BCTION東京都千代田区麹町の某オフィスビルで開催された、取り壊しの決まったビルをアート空間として再利用するプロジェクト。
※5──Live Paint DOJO 教育をテーマにしたライブペイント・バトルの全国大会として、日本のストリート・カルチャーの社会的地位向上を理念に2012年に発足。
※6──HATOS 様々なクリエイターからなるCREW。2006年6月、中目黒にhatos inc.を設立。デザイン、写真、ペイントを軸に活動中。2009年10月には、同じく中目黒にHATOS BARがオープン。
※7──インタビューを受けた当時の見解。壁画は媒体としての壁があってあって初めて実現できる表現であり、資本の元に製作出来ているということを忘れてはいけない。