永田暁彦さんに聞く、内発的動機で生きるアドバイス【アート思考探求マガジンvol.10】

2025.05.01
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アート思考マガジン

地球や人類の課題解決に資する研究開発型の革新的テクノロジーを有するディープテック・スタートアップの社会実装を目的とした「リアルテックファンド」を2015年に設立し、シード・アーリーステージのスタートアップへのリード投資およびハンズオン支援を行ってきたUntroD Capital Japan(アントロッドキャピタルジャパン)。同社の代表取締役社長の永田暁彦さんは、株式会社ユーグレナの未上場期より、取締役として事業戦略・財務・バイオ燃料領域を主に管轄し、同社のCEOを務めた経験をお持ちです。そして、18歳の頃からアートを購入してきたという一面もあります。そんな永田さんに、UntroD Capital Japanのミッションや、アートとの関わり、内発的動機で生きるためのアドバイスについて聞きました。

アーティストやサイエンティストの内発的なパワーを増幅し、新たな価値を創造する

平山:今回は、UntroD Capital Japanのオフィスにお邪魔させていただきました。このシンボリックなオフィスアートが印象的ですね。どんな目的でオフィスにアートを導入されたのでしょうか?

 

 

永田:オフィスにアートを入れたいと思ったのは、私がユーグレナにいたときにオフィス移転をした頃のことを思い出したから。会社のミッションを何かで表現しようと思ったときに、テキストで表現すると壁中が文字だらけになってしまいます。文字よりもっと感覚的に捉えられる方法はないかなと考えて、クリエイティブディレクションを担当する田崎さんと相談し、アートの導入が適切なのではと考えました。

 

平山:改めて、このオフィスアートに込めたUntroD Capital Japanのミッションについて教えていただけますか。

 

永田:UntroD Capital Japanは、ディープテックスタートアップへの投資支援を行うベンチャーキャピタルである「リアルテックファンド」を運営しています。投資対象は社会課題を解決できるような革新的な技術を研究をしているサイエンティストです。

 

私たちが支援するサイエンティストの多くは内発的な衝動から自発的に行動しています。彼らのパワーはビジネスにおいて重要であり、そうした人々とアントレプレナーが共鳴することでその力はさらに増幅され、新たな価値創出につながると考えています。

 

投資の世界では、世の中が少し便利になることに20億、30億のお金が集まるのに、サイエンティストなど人類の根幹に流れるような領域に投資が集まらないのがおかしいと私は思っていて、それを是正する投資をすることがミッションです。

私たちは10年前からサイエンティストに投資してきましたが、当時は「サイエンティストに投資しても儲からない」と言われていました。2025年になった今、日本で一番投資されている領域はサイエンティストの領域です。

 

例えば、もしたった今私が「これからはアートにしか投資しません」と言ったなら、多くの人が「アートは儲からない」と言うでしょう。でも、世界には多くのアートとアーティストが存在していて、必要なものであるのは確かです。10年後には、日本のスタートアップ投資でアートが占める割合が非常に大きくなるかもしれない。それをみなさん想像できますか?と問い続け、世の中の認知を変革していくことを、サイエンティストの分野でこの10年実際に実行してきた。というとわかりやすいでしょうか。

 

平山:私たちはオフィスにウォールアート(壁画)を描く事業を行っています。その中で、クライアントから壁画の費用対効果について問われる場面も多いです。

 

永田:最近、アートの価値が説明されすぎている気がしています。私はアートが特別なものだと思っていません。オフィスアートの導入も含めて「この壁にアートがあるといいよね」「このアート、なんだかいいよね」だけでは、なんでダメなのか問いたいですね。

例えば、オフィスにある椅子に対して、「なぜ、この椅子を選んだのか」と尋ねる人はほとんどいないでしょう。でも椅子を選んだ人には選んだ理由があり、全体最適を考えています。アートもそれと同じでいいはずです。それなのに、アートに対してだけは理由や意味づけを求めたがるような人が多い気がします。

アートを購入するのは、アーティストに肯定の気持ちを伝えたいから

平山:永田さんは若い頃からアートを購入されていたと聞きました。身近にアーティストの友達がいたなど、何かきっかけがあったのでしょうか?

 

永田:特別なきっかけはなく、アートは世の中にたくさんあり、いいと思えるものに出会ったから購入していたという感じです。みなさんアートを高尚化しすぎているのではないでしょうか。初めてアートを購入したのは18歳で、価格は1万円もしなかったと思います。私にとって、アートを購入するのはCDを購入するのと同じ感覚なんです。気に入った曲を家でも聞きたいと思ってCDを購入するように、「この絵、素敵だな。家に飾って眺めたいな」という気持ちでアートを購入しています。

 

平山:初めてのアートはどこで購入されたのでしょうか?

 

永田:幕張のデザインフェスタだったと思います。ぐるぐるとまわっている中で、とても素敵でかっこいいなと思うアートを見つけたのですが、誰も見向きもしていませんでした。そのアートの前でぽつんと座っていた男性アーティストを見て、「僕がアートを購入したら、きっと喜ばれるだろうな」と思ったんです。

アーティストとの関係性について話す永田さん

平山:喜ばせたいという気持ちで購入されたのですね。

 

永田:喜ばせたいというよりは、「お金を出すほど、あなたの絵が素敵だと思っています」とその人を肯定したいという気持ちです。

アートを購入する人の中には、そのアートを所有することで自分自身の自己肯定につなげたいという欲求を持っている人もいるかもしれませんが、私はアーティストを肯定したくてアートを購入しているだけです。私にとってのベンチャーキャピタリストの仕事は投資という形で相手を肯定する行為なので、その意味では根っからのベンチャーキャピタリストと言えるのかもしれません。

 

平山:まさに、今のお仕事につながっていますね。

 

永田:「著名なアーティストのこんな作品を持っています」という話に、私は興味がないんです。もちろん、そういう話をするのが好きな人を否定するつもりはありません。その方たちのおかげでアートマーケットが発展して、アーティストにもお金が行き渡るのはいいことだと思っています。

 

平山:私の周辺には永田さんのようにアートに親しんでいる方はまだ少なくて、少しずつ興味を持ち始める人が出てきたかなという状況です。永田さんの身の回りにはアーティストの方が多いですか?

 

永田:いえ、そんなことはないです。たしかに私は18歳の頃からアートを購入したら必ずその人に手紙を書くようにしているので、そういった縁でつながったアーティストの知人はいます。こういった「アーティストに人として直接触れたい」という気持ちは少し特殊なのかもしれないですね。

私は人との間になるべく立場を作りたくないと思っています。アートですらも買った側・買われた側という立場を作りたくないし、根本で人間としてどうつながるかが大切だと思っています。

逆に、作品起点ではなく、先に人と人の付き合いとして知り合っているアーティストの作品は買わないかもしれないですね。せっかく友人なのに立場ができてしまうようでこわいです。

 

平山:家の中に気に入ったアートを置くことによって、自分の情緒を整えておきたいという気持ちもあったりされますか?

 

永田:私に限らず、多くの人は「自分が人とまったく同じではない」と思っていたいのではないでしょうか。自分が埋没することを恐れているような気がします。私からすると人と違う自分でありたいと思いながらみんなと同じような家に住み、同じようなオフィスで働いているのが不思議です。人と違う自分でありたいと思うのなら、アートに限りませんが何かしら自分らしさを表現するものがある空間にした方が気持ちいいんじゃないでしょうか。

お金はモノクロの価値観。人間の根源的な課題に向き合う価値観には色彩がある

平山:永田さんのお話を聞いていると、日々問いを立てていらっしゃると感じます。「普通はこう考える」という枷が外れているような印象があって、アーティストの考え方とリンクするのかなと思います。永田さんの思考はどのように生まれたのでしょうか?

永田:答えになるかわからないのですが、私は昔からずっと「幸せになりたい」と思っています。幸せの定義は人それぞれ違いますが、企業のマーケティングによって作られた判を押したような幸せの定義が知らず知らずのうちに入れられているような気がして、すごく怖くなるときがあります。

 

映画『マトリックス』で赤と青どちらの薬を飲むのか主人公が選択するシーンがあります。赤を飲めば真実を知り、現実世界に目覚める。青を飲めば現状のまま仮想世界で生きられる。そんな選択を迫られているような気がしています。

 

例えば、郊外に家を買って、週末はファミリーカーで近くの商業施設に買い物に行く。それが幸せだと思い込まされているのではないかと思ったりします。もちろんそういった生活を否定するつもりはなく、自分が順応して幸せに感じられているならいい。でも、これがもしかしたら誰かに思い込まされた空想の世界かもしれないって思った瞬間、世界のすべてが怪しく見えてきます。何か原体験があるわけでもなく、昔からこの感覚を持っていますね。

 

平山:お話を聞いていると、アートなど情緒的な価値を身の回りにおくことは、他人軸ではない価値観を確立することにもつながるのかもしれないですね。

先ほど、「人間にとって根源的な部分にしっかりと資本を流したい」とおっしゃっていました。10年前は「サイエンティストに投資しても儲からない」と言われていたということは、儲からない事業には投資が集まりにくいということですよね。

 

永田:そうだと思います。お金が増えるかどうかは、色彩のないモノクロの価値基準だと私は思います。お金が増えて嫌な人は基本的にいないと思うので、だからこそ最大公約数としての価値がお金になり、みんなが否定できない要素になっています。でも、それだけの価値で物事を語っていると、なんのために自分たちが生きているのかわからなくなってしまう気がするんです。

だって極端に言えば、ただ儲かればいいのなら、倍率2倍の馬券を買ったっていいわけじゃないですか。

一方、私たちが支援している方たちがもつ、人の命を救う、エネルギー問題を解決するといった価値には色彩があります。モノクロの価値は誰が見ても同じように見えるかもしれないけど、色彩がある価値はそれを見る人の感受性によって、素敵か素敵じゃないかという感覚の違いが生まれます。そこに私は興味がわくんです。

 

平山:永田さんのように考えているベンチャーキャピタルは少ないのでしょうか。

 

永田:少ないと思います。ソーシャルインパクトがあったとしても、利益が上がらなければなかなか難しいですよね。

 

平山:永田さんはなぜそれを実現できるのでしょうか?

 

永田:私自身があまりお金に興味がないからかもしれません。うちのファンドが良くなることより、社会の認知が変わることの方が面白いなと思っています。

 

平山:とはいえ、「会社を成長させていかなくては」と葛藤したり、課題にぶつかったりするときもあるのではないでしょうか?

 

永田:よくありますね。そういった場合、私はドネーション(寄付)をしています。私の考えるドネーションは2種類あり、1つはお金、2つめは自分の知識と経験です。例えば、私はヘラルボニーの経営顧問を務めていますが、報酬は一切もらっていません。私にとっては彼らに対する寄付行為であり、ビジネスとは完全に切り離しています。こういった仕事を他にもいくつかしています。また、UntroD Capital Japanでは投資できないけれども、個人の年間バジェットから投資しているケースもあります。

人生の最小サイズを設計し、自分が最強の状態になるための最短ルートを歩く

平山:永田さんのように生きてみたいと思う方もいると思います。しかし、生きていくためには自分の時間を切り売りしなくてはいけない場面もあったりします。そんな方々に、永田さんからアドバイスをいただけますか。

永田:二つあります。一つは自分の人生の最小サイズを設計することです。私は自然を愛していて、自然と家族が自分のすべてです。私の妻は最高の妻なので、私の収入がゼロになっても許してくれると思います。ユーグレナを辞めるときにそう言ってくれました。だから、私はもし社会から追われて、山奥で家族4人で暮らしても幸せだろうなという自信があるんです。もし社会から排他されたとしても自分は大丈夫だと思えれば、リスクを取れます。

とはいえお金がないと・・っていうのはありますよね。もう一つは自分を最強の状態を達成するために、最短の道を歩むことです。晩年のピカソのように、1分で描いた絵が10万円で売れるようになったら無敵ですよね。

 

そういう無敵状態=「すべての職を失ったとしても自分で稼げるという自信」を手に入れるために、私は社会人として最初に入社する会社として投資ファンドを選びました。その後、前職であるユーグレナに経営者としてジョインしたのは社会人3年目のことです。あのときユーグレナがどうなるかはわからなかったですが、その選択をした自分の中の根拠はできあがっていて、それは投資ファンド時代に培った「今の職をすべて失ったとしても、自分は稼げる」という自信でした。

 

平山:その自信を、永田さんはどのように得たのでしょうか?

 

永田:価値や金銭は人と人の間で交わされるものなので、「君がほしい」と言われることですよね。自分にそう言ってくれる人は一人でも二人でもいい。最初の3年間で100人に出会ってそう言ってもらえたのなら、今後路頭に迷ったときに1000人に出会えればなんとかなります。

社会的・文化的な生活を自分で作り出せる安心感があって、それが自分の最小サイズの幸せを上回ってさえいればいい。逆に最小サイズの幸せを実現するのには年収3000万円が必要で、そのためにあくせく働かなくてはいけないのだとしたら、その人は一生あくせく働くことになります。でも、最小サイズの幸せを年収250万円で実現できるなら、年収250万円を生み出せる魔法さえ覚えてしまえば、後はどんなリスクでも取れます。

永田暁彦さんのアート思考探求を終えて
今読み返してもまだ内容を咀嚼している、正直にいうとそんな気持ち。私がこの永田さんの世界観を心の底から理解するには、私はまだ不足している・・・そんな気がしています。言葉では決して紐解かれない「その人らしさ」と「その人らしく生きる」全ての人に向けたとても大きな愛のようなものを感じた永田さんのインタビュー。最後の「人生の最小サイズ」のお話は、今後自分が冒険しようとして尻込んだ時の心強い相棒になってくれそうです。
今回のゲスト
UntroD Capital Japan 代表取締役社長 永田暁彦
株式会社ユーグレナの未上場期より、取締役として事業戦略・財務・バイオ燃料領域を主に管轄。2021年より同社のCEOに就任し、全事業執行を務める。2024年同社を退職。2015年、社会課題解決に資するディープテック投資を推進するリアルテックファンドを設立。2024年、同ファンドを運営するUntroD Capital Japanの代表取締役社長に就任した。日本初のNPOを母体とするソーシャルインパクトIPOを果たした雨風太陽の創業および経営や、ヘラルボニーの経営顧問を務めるなど、資本主義におけるソーシャルインパクトの実現に注力している。

アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」
アート思考を紐解くインタビュー企画 第一線で活躍する経営者やクリエイターは、アーティストにも似た感受性や視点が備わっているようにみえる。一体なぜ?マガジンでは、彼らの物事の捉え方や感受性を育むまでに至ったパーソナルな体験を対話によって紐解き、アート思考を再定義します。インタビュワーはオフィスアートを運営するNOMALARTCOMPANY代表の平山美聡。アーカイブはこちら

取材: 文/久保佳那,企画・編集/野本いづみ

Hello ART thinking!次回予告
現在クリエイターや経営者をインタビュー中です。お楽しみに。アーカイブはこちら

 

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