建築家 津川恵理さんに聞いた「自分にしかできない表現を仕事で実現するには」【アート思考探求マガジンvol.6後編】
阪急神戸三宮駅前「サンキタ広場」を手がけ、先日は東京渋谷の「公園通り」周辺エリアのデザインコンペで採択された建築デザインスタジオ「ALTEMY(アルテミー)」の代表である津川 恵理さん。津川さんの手がける建築は、自身が思春期の頃から好きだった「身体表現」と都市空間を組み合わせた強いオリジナリティをもっています。来た仕事はすべて、ALTEMYでないとできない仕事に昇華させる、と話す津川さんに、建築家になった経緯、オリジナリティある表現はどう生まれたか、自身の表現を実現するために心がけていることを聞きました。
この記事はvol.6「自分にしかできない表現を仕事で実現するには」後編記事です。前編記事はこちらからご覧ください。
目次
NY滞在中に応募したコンペで最優秀賞!若手建築家として一躍有名に
津川:2019年、NY滞在のビザがちょうど切れるタイミングで、阪急神戸三宮駅前「サンキタ広場」のコンペに期待せずに応募しました。すると、コンペで最優秀を受賞した、と神戸市から連絡が来たんです。本当はもう少しNYにいたかったのですが「これは帰らなくては」と思い、急いで日本に帰国しました。
平山:建築家としての独立一発目で大きなコンペで最優秀賞を勝ち取るとは、津川さんらしい強烈なデビューですね。日本に帰国してから独立されたんですよね。個人の看板を持つことになって、不安や葛藤はありましたか?
津川:ありましたね。コンペを勝ち獲ったのはいいけど住宅の設計でもないし、扉も壁もない建築をつくって次の仕事が来るか不安で、どうやって食べていくんだろうと。不安すぎて毎晩のように映画を観て気を紛らわしていました。しかも、帰国してから1年たたないうちにコロナ禍になってしまって。でも、みんなが家にいないといけない状況になって、少し安心している自分もいました。そんなときに、私がNYでやった都市実験の動画(詳しくは前編記事をご覧ください)を観た、三宮の商店街の人から「NYの実験をうちでもやってみてほしい」とお声がけをいただきました。
実際にやってみたところ、みんながとても笑っていて子供は止まって遊びだしたりする。その様子がとても楽しそうで、思わず笑ってしまうような光景です。その様子が神戸新聞の一面に掲載され、「自分のやりたいことが世の中に少しだけ打ち出せたな」と思いました。
その次に、ポーラ美術館から「ポーラ美術館のエントランスで来館者を誘導する仕掛けをつくる」という仕事をいただきました。
商店街もポーラ美術館も発注する方の文化リテラシーの高さを感じる依頼内容でした。文化や芸術に詳しい方たちが、まだ実績のない私に何か期待して投資してくれたのだと思うと、とても感謝しています。
平山:津川さんが手がけた仕事の一つひとつが、次の面白い仕事を呼んでいったんですね。
多くの関係者を巻き込むために必要なのは、伝わる言葉への翻訳と言語化
平山:アートでもよくあることなのですが、作りたいものが関係者に理解してもらえないときはどうしていますか?特に津川さんは自分より一回り以上年上の方々にプレゼンする機会が多いですよね。
津川:何よりしっかりとヒアリングすることが大事だと思います。プレゼンする相手はどんな背景でこのプロジェクトに取り組んでいるのか、普段どんな言語を使っていて、何を目指しているのか、どんな未来を理想と考えているのか。
それがわかれば、相手に響く言葉が徐々にわかってくる気がします。
平山:津川さんとお話ししてみて、言語化する力がすごいなと感じました。抽象的で一般人には想像がつかないものを作っているのに、なぜそれをやりたいのかという説明がすごくわかりやすいですよね。言語化する力は何かの経験を通じて磨かれたんですか?
津川:初めからできていたわけではないですね。建築はひとつのものを作るときにメーカーが複数社入るし関係者がとても多いんです。関係者全員に同じ方向を向いてもらうためには、自分たちが何をやりたいのかを明確に言い続ける必要があります。
例えば、最近手がけた床が隆起になっている「まちの保育園」は認可が降りるのに半年以上かかりました。東京都の児童福祉審議会に落ちたときには、相手側から「床がフラットだと、なぜだめなんですか?」と問われるんです。そうなると、私は傾斜のある床である意味や、リスクを超えてやる必要性をひたすら語り続けることになります。デザインと言葉、ときには他の人の論文の言葉も借りて、理論を固めていきます。
平山:仕事を通じて言語化する力が高まっていったんですね。
津川:そうですね。建築のコンペなどは、最終審査ではプレゼンテーションをした後に審査員からの質疑応答があります。たとえ同じものを作っていても、プレゼンや質疑応答の内容によって、審査員の印象はまるで変わります。本人が自分の作っているものをどこまで自覚できているかを審査員は見ているし、提案内容にどんなリスクがあるかを理解した上で提示しているかも審査するんですよね。建築家はどんな社会的意義を持ってこの仕事に挑んでいるのかという意志表明をひたすらし続ける必要があります。
平山:アーティスト性もありながら、リーダーシップや関係者を動かす力も必要になる仕事なんですね。津川さんは今、ALTEMYとしてチームで仕事をしていますよね。チームとして利益を上げないといけない面もある一方で、津川さんの信念を大事にしているから仕事につながるという循環もあると思うんです。そういったビジネスと信念のバランスはどう取っていますか?
津川:私が恵まれていたのは、世に出た最初の仕事が神戸の広場のコンペで、自分のやりたいことを100%表現して選ばれたことだと思っています。その後も自分のやりたいことを実現できるように努めていたら、それを観た人から次の仕事を頼んで頂けるようになりました。
だからこそ、一歩でも間違ったものを作ってしまったら、すべての歯車が狂うような気がしているんです。自分が良いと思っていないものを一度でも作ってしまったら、そこから次に繋がっていくので、取り返しがつかなくなる気がしていて。なので、変なところで完璧主義なのかもしれませんが、ALTEMYでないとできない仕事しか絶対にやらないと決めています。
民族性の違いがある場にいることで、プレゼンやコミュニケーションは磨かれる
平山:NY研修時代のことをもう少しお聞きしたいんですが、所属していた事務所(NYのDiller Scofidio + Renfro(読み:ディラースコフィディオレンフロ|以下、DS+R))は既存のものを変えていく視点をもっている建築家集団なんですよね。今あるものを疑うという視点を持ちながらも、独りよがりにならずさまざまな人にうけているのはなぜだと思いますか?
津川:彼らはものすごい量のアートを観ていますね。「建築のプロジェクトのレファレンスに建築を出すな」というのが事務所の思想なんです。自分たちはアーキテクトなのだから、同じアーキテクトの作品ではなく、アート作品や自然現象など建築外のものからインスピレーションを得て、自分たちの建築に展開していきます。
そのためには抽象的な思考回路が必要ですし、本質的な美の価値を理解していないと抽出できません。だから、絵画を鑑賞するときにも、ただ絵画を見るのではなく「この絵が美しいのはなぜか」を考えるんです。素材の凹凸なのかペイントの筆致の痕跡のレイヤーがいいのか。本質を研究して分析し、抽出する能力に非常に長けています。物事を表層的に観ていないので、アウトプットにも深みが出ます。
平山:その深みはどう生まれると思いますか?個人的には、日本人は思考を深めるのが得意な気がするのに、アウトプットとしてあまり出てこない気がしています。
津川:以前論文で読んだのですが、日本語はさまざまなニュアンスの語彙があるので、研究や探求に向いているそうです。ただ、プレゼンや人前で話す力に関しては、日本人は苦手なように感じています。その理由は、日本は島国で基本的に日本人ばかりいる環境なので、民族意識や宗教に関する意識が薄く、他人が自分と違う価値観をもっているという感覚があまりないからではないでしょうか。
一方NYだと、会議の同席者が全員違う国籍だったりすることもあって、お互いのバックグラウンドが違うことが普通なんですよね。自分の考えていることや思想のバックグラウンドなど深いところまで開示しないと共感を得にくいんです。だからこそ、人前で話す力が磨かれていくのかもしれません。
平山:なるほど。裏を返すと、日本人は同一民族なので、たとえユニークな事を考えていても、他の人も考えているかもしれないと思ってアウトプットしないのかもしれないですね。アートにおいても、日本は美術館の数は先進国に引けを取らないのに、アートを批評したりディスカッションしたりする文化は根付いていません。そこには民族性の違いがあるのかもしれませんね。
津川:確かに。それもありそうですね。
年齢を重ねても、価値観をアップデートし続けていきたい
平山:時代と共に、ALTEMYらしさも更新していくと思うのですが、津川さんはどのようにインプットされていますか?
津川:世の中でどんなものが話題になっているかを知っておくようにしています。例えば、話題になっている時事ニュースや、本のベストセラーの情報を知っておく。他には、UKトップ100というイギリスの音楽チャートは10年以上ずっと聴いています。売れているアーティストがこんな歌詞を書いているのはどんな時代背景があるのかを想像したりします。自分の専門分野でなくても、世の中で話題になっているものを身体感覚として受け取ることはできると思っています。
平山:コンテクストを読み取るということですね。
津川:そうですね。私は今30代で建築業界では最若手なので、何か新しいことを言うんだろうと聞いてもらえているという意識をもっています。でも、私が60代になったときに「前の時代の人だ」と思われるようになったらと考えると怖いですね。いくつになっても、この人は時代を追いかけているという存在でいたいので、価値観のアップデートをしていかなければと思っています。
平山:意外に身近なアップデート方法ですね。津川さんはアートも観に行きますか?好きなアーティストがいたら教えてください。
津川:アートも観に行きますね。先ほど話した荒川修作も好きですし、オラファー・エリアソンやアニッシュ・カプーアも好きですね。
平山:どちらの方も平面絵画のアーティストではないですね。
津川:先日、ポーラ美術館が30億円で落札したリヒターの絵画を観たときは、圧倒されて30分位ずっと座って眺めました。サイズも大きいし、どのペイントの上にどのペイントを描いたのか、生で見てもトリックがまったくわからないんです。色のバランスも絶妙で、リヒターはきっとたくさんの物を感じてきた人なのだろうと想像しました。
津川さんのアート思考探求を終えて ダンサーという夢を活かし、建築という別の領域で昇華させた津川さん。自分が良いと思ったり、社会にとってプラスに働くと感じたことがあれば、例え行政や大きな組織に反対にあっても何がなんでもやり遂げる胆力の根源を聞けたように思います。いいと思ったらとにかく行動にうつし、反対されても手も体も頭も使って行動を起こし続ける。そのマインドはアート思考=アーティストの思考回路そのものだと感じました。
今回のゲスト/建築家 津川恵理 2013年京都工芸繊維大学卒業。'15年早稲田大学創造理工学術院修了。組織設計事務所、文化庁新進芸術家海外研修員としてDiller Scofidio+Renfroでの勤務を経て、'19年ALTEMY設立。早稲田大学、東京理科大学、東京電機大学院、日本女子大学の非常勤講師。国土交通省都市景観大賞優秀賞、土木学会デザイン賞、東京藝術大学エメラルド賞、日本空間デザイン賞、グッドデザイン賞など受賞。 津川恵理さんの設計事務所 ALTEMY SNS X /Instagram
アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」 アート思考を紐解くインタビュー企画 第一線で活躍する経営者やクリエイターは、アーティストにも似た感受性や視点が備わっているようにみえる。一体なぜ?マガジンでは、彼らの物事の捉え方や感受性を育むまでに至ったパーソナルな体験を対話によって紐解き、アート思考を再定義します。インタビュワーはオフィスアートを運営するNOMALARTCOMPANY代表の平山美聡。今回は建築家津川恵理さんとの対談です。アーカイブはこちら
アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」
文/久保佳那,写真/久保佳那
企画・編集/野本いづみ
Hello ART thinking!次回予告 現在クリエイターや経営者をインタビュー中です。お楽しみに。アーカイブはこちら
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