保育・乳幼児教育の実践者・松本 理寿輝さんに聞いた好奇心のアンテナを磨く方法【アート思考探求マガジンvol.7】

2024.12.05
アート思考マガジン

学生時代から構想していた理想の保育・教育を実現するためナチュラルスマイルジャパン株式会社を設立し、現在は小竹向原・六本木・吉祥寺・代々木上原・代々木公園・南青山で認可保育園と認定こども園「まちの保育園・こども園」を運営している松本 理寿輝さん。新卒で博報堂に入社し、不動産ベンチャーを経て、かねてから温めていた保育の構想の実現のため、保育園を開園したという行動力の持ち主でもある。そんな松本さんに保育・教育・子育て支援事業、起業の経緯、決断をするときに大事にしていること、アートと教育の関連性について聞きました。

子どもたち一人ひとりの声がちゃんと聞かれている環境をつくる

平山:今日は南青山にあるまちの保育園にお伺いしました。凹凸のある床がユニークで独創性を感じます。さっそくですが、松本さんが手がける事業について教えてください。

 

松本:私たちは保育園・認定こども園の運営を軸に、保育・教育、子育て支援等の領域に携わっています。ここPOLA青山ビル内の園は最近開園しました。この施設の建築家は津川恵理さん(ALTEMY代表津川恵理さんのアート思考取材記事はこちら

アート思考を体現した建築写真

建築家津川恵理による設計。自然界に積もる雪の起伏を計算で再現・全体設計した「まちの保育園」[撮影:GION]

また、保育事業と並行して、関連会社まちの研究所では千葉工業大学学長の伊藤穰一氏と共にNPO法人を立ち上げ、「ニューロダイバーシティ」の学校「ニューロダイバーシティ・スクール・イン東京」も9月に開校いたしました。そのことは本にもまとめました。

 

著書 普通をずらして生きる-ニューロダイバーシティ入門 /ニューロダイバーシティ・スクール・イン東京 公式サイト

 

松本:ニューロダイバーシティとは、障害の有無ではなく脳科学の観点から見て一人一人が本当に生きやすい環境を模索する概念のことです。社会通念としては、人の発達は定型・非定型に分類される傾向がありますが、非定型・定型どちらにもグラデーションがあります。

 

非定型だから定型に近づけねばならないとか、定型だから定型らしくいなければなど「普通」を課されることに苦しんでいる人は多いです。もっと個性と能力がそれぞれ活かし合える環境をいかにつくるか、その議論を重ねてつくる本質的な多様性を追求した学びの場づくりにトライしています。

 

また、小学校以降の子どもも含めた居場所づくりや学びの環境を整えていく取り組みも考えているところです。自治体とコラボレーションしながら、保育教育改革や、保育の実践への伴走にも関わっています。

 

平山:事業の展開だけでなく、行政との取り組みや研究など幅広いことをなさっているんですね。すごく理想的な働き方です。

 

松本:そう言っていただけるとうれしいです。私たちは実践と共創と研究を大事にしています。価値創造の場として実践の現場をもち、社会のさまざまな主体とコラボレーションしながら気付きを深めています。

 

そして、子どもたちを巡る環境に関するさまざまな研究や大学との連携で理論や気付きを得て、実践を常に更新し、社会の様々な方々と子どもを中心において新たな価値を共創するという循環を目指しています。

 

平山:保育の現場での知見が生かされて事業が広がっているんですね。運営する保育園で大切にしていることはありますか?

 

松本:子どもたちが自ら考え、選んで行動していく環境をサポートすることを大事にしています。個性はインプットのメカニズムだと言われます。だから、子どもたちには何かを感知して面白いなと思ったことを大切にしてほしいんです。それが個性を作っていくし、自分の道を見つけることにもつながっていくと信じています。

通常の保育園では見かけないマテリアルも活用し、子どもの個性を尊重しながら創造性を高めるアプローチをしている [写真:まちのこども園HPより]

そして、子どもたちの個性を社会と接続していくために、子どもたちの背中を押したり、道を一緒に見つけたりしていくような学びのパートナーでもありたいと思っています。

 

写真:まちの保育園HPより

そのため、子どもたち一人ひとりのこえを聴くことを心がけています。例えば、子どもから質問されたときは既に正しいとされていることを答えるのではなく、「あなたはどう思う?あなたの考えが大事なんだ」と伝えていく。子どもたちが考えを話したときには、「そうかもしれないね」と対話していくという感じです。こんなふうに自分の声に耳をすましてもらえる環境があると、子どもたちは「自分は価値ある存在なんだ、自分の考えや発想には意味があるかもしれない」と思えるようになると言われています。

 

平山:とても大事なことですね。

 

松本:子どもたちは、豊かで複雑なこの世界をさまざまなセンサーを使って経験しています。その経験を言語だけでなく身体で表現することもあるし、絵に描くかもしれない。そういった言語以外の表現も大事だと考えています。乳幼児期で言語が活発ではない子どもたちの思考や世界との出会い方に迫っていくことは、私たち大人にとっても大きな学びであり、こんな世界があるんだという再認識にもなります。

 

また、園では毎日朝の会を行い、「今日は〇〇をする」と子どもたちが一日の活動を決めます。そして、お互いの声を聞き、学び合える小グループで活動するようにしています。

 

博報堂を辞めて友人とベンチャーを起業。経営を経験を通じて学び、教育事業を起業

平山:松本さんは教育という自分のテーマをどのようにして見つけましたか?

 

松本:大学生の頃に児童養護施設のボランティアに行ったことがありました。そこで子どもの世界に魅了されたんです。子どもと一緒にいると、自分も新しく世界と出会い直すことができ、どんなふうに豊かに生きていきたいのかを問い直す機会をもらえます。

子どもに興味をもって、0~6歳までの人格形成期の子どもたちの環境を自分なりにリサーチしました。すると、日常が保育園と家庭の往復になってしまいがちな子どもが多く、家庭ではお母さんと一緒にいる時間が長く、保育士は女性の比率が90%を超えており、おおよそ30代前半くらい。

 

つまり、0~6歳までの子どもたちの生育環境は女性によって支えられていることがわかりました。一方で、地域に目を向けると様々な世代の人たちが暮らしています。まちにいる老若男女さまざまな人たちと子どもたちが出会ったり、継続的に関わってもらえる環境があるといいのではと思ったんです。そうすれば核家族化の中で孤独な子育てをしている人たちの支えになる可能性もありますし、地域の防犯防災などの観点でも地域交流が活発になればプラスの面もあると考えました。

 

平山:大学生の頃にすでにテーマに出会っていたのですね。

 

松本:学校や保育園などがまちづくりをする拠点として機能すれば、まちづくりや社会づくりにも寄与する取り組みになるんじゃないかと思いました。そんな風に考えていたときに出会ったのが、北イタリア発祥の教育「レッジョ・エミリア・アプローチ」という教育アプローチです。まさに街ぐるみの教育実践をしており、その子ども観やコミュニティの考え方にもとても共感しました。

 

その頃ちょうど就活の時期で進路には迷ったのですが、家庭の状況で就職を選ぶことになり、博報堂に入社しました。

 

平山:なぜ博報堂を選んだのですか?

 

松本:大学を横断する雑誌編集のチームに参加していて、活動を通じて博報堂の卒業生と関わることが多く、面白い会社だと思っていたからです。もとはと言えば、自分のテーマを見つけたいと思うようになったのも、一緒に雑誌を作る仲間たちがそれぞれにリサーチクエスチョンをもち追いかける姿に刺激を受けたからだったんです。

 

博報堂では教育関連企業のブランドマネジメントに3年間関わりました。その仕事を通じて教育で起業するなら理念と経営のバランスが重要だと感じ、自分は経営を学ぶ必要があると感じたのです。

 

経営を学ぶにはどうしたらいいか先輩たちに相談したところ、MBAを取得する、会社の役員になるなどさまざまなアドバイスをもらいました。その中で一番響いたのは「経営を学びたいなら、自分で起業するのが一番早い」という言葉でした。そこで友人たちと起業することにしたんです。

 

平山:すごい行動力ですね!どんなビジネスをされたんですか?

 

 

松本:駐車場の空中権ビジネスです。駐車場の上の空間を活用した新たなビジネススキームを考えることにしました。駐車場の上に「ゼロエミッション建築」といって、レゴのピースのようなものを組み合わせた建物を建てる。そして屋上を緑化すればアスファルトによるヒートアイランド現象も和らぐし、屋上をフリースペースにすれば地域の人の憩いの場所にもなるというアイデアでスタートしました。この会社の役員を創業から3年ほどつとめて独立し、そこから2年ほどかけて準備して保育園の事業を始めたんです。

 

重要な決断をするときは「脳内株主総会」と「3人の自分」に問いかける

平山:松本さんは大学の時点でテーマを見つけ、紆余曲折ありながら首尾一貫してやりたいことを貫かれていらっしゃいますよね。どうやったら松本さんのような斬新なアイデアをもったリーダーになれるのか、もう少し深堀りさせてください。

 

松本さん自身はどんな子ども時代を過ごしていましたか?

 

松本:東京の多摩丘陵地帯の自然が豊かな場所で育ちました。団地が次々にできていた時期で子どもの数も多く、子ども社会に放牧されて育ったと思います。

裏山に秘密基地を作ったりするのが好きでした。私はあまのじゃくなところがあって、人と違うことをやりたくなってしまうんです。人と同じことをしていたら自分より上の人が必ずいて、それが面白くないと思うからです。

 

自分より上手くできる人がいるならその人にやってもらえばいいし、誰かと競うよりも自分だけの何かを見つけていくことが好きなタイプでした。

 

平山:今思うと、松本さんのご両親がしてくれていたこともありますか?

 

松本:自由にさせてくれましたね。「あなたはそれでいいんじゃない?」と私のやることを肯定してくれていました。

 

平山:直感で大きな一歩を踏み出すのは、自己肯定感がないとできないと思っていたので納得しました。保育園や教育の事業は起業の中でも深いテーマだと思うのですが、起業するときには勇気がいりましたか?

 

 

松本:純粋にやりたいという気持ちだったので、勇気は特にいらなかったかもしれないです。もちろん食っていけなくなったらどうしようと考えはしましたが、何とかなるだろうと。これまでの自分が選んできた道を振り返ると退路を断つタイプなんです。

 

結果としてタイミング良く一緒にやろうという人に出会えたり、この場所でやってみないかという人との縁が生まれました。

 

 

平山:松本さんはいつも好奇心のアンテナがピカピカなんですね。その状態を保つのは大人になると難しいように思いますが、そんな自分でいられるようにしていることはありますか?

 

松本:私は「探索」と「深化」でいえば探索型の人間です。深めることも好きで学びも大きいですが、さまざまなものに出会って新たなテーマや価値を探ってみたくなるんです。家にはさまざまな領域の本がたくさん並んでいて、その時に興味のあるものをとにかく読んでいます。

 

 

でも、保育や教育の領域を理論的に理解するには深いリサーチが必要なので、あえて自分が苦手な深化の時間を取るようにしています。探索型は「これに価値がある、意味がある」と思ったらすぐに動きたくなるんですが、ちょっと待ってと止めてくれる人が周囲にいますね。妻もそうですし、仕事のチームにも深化タイプの人がいてバランスが取れています。

 

 

平山:深化型の人を大事にされているんですね。

 

松本:自分に足りない部分を認識しているので、重要な決断をするときには自分の中で株主総会を開くようにしています。タイプの違う実在の7人を思い描き、その人たちがどんな意見を言うか想像します。もし一人でも私の意見を否定しそうだなと思ったら別の観点で考えてみます。

 

 

もうひとつは今の自分・10年前の自分・10年後の自分の3人に聞いてみることです。もし10年前の自分が「こんな風になってしまうなんていやだ」と思いそうならその道は選択せず、みんなが「いいね!」という選択をするようにしています。

 

 

平山:とても面白い視点ですね…!私も真似します。松本さんはご自分を俯瞰的に見ている方だと思うのですが、何かきっかけがあったりしたのでしょうか?

 

 

松本:誰かと競い合うのが好きじゃなくて、ハッピーに分かち合いたいと思っているからだと思います。周囲の人たちとガチンコで対立したくないんですよね。

 

自分がやりたいからこれをやるのではなく、多様な人たちの意見を理解して決断をしていくと、周囲が最終的には「いいんじゃない」と言ってくれるのではと思っています。競い合わないための自分なりの作法です。

 

 

アートは、複雑で多様な世界に出会い直すための貴重な媒体

平山:私たちはアートの事業をしています。アートと教育との関わり合いについて松本さんはどう思われますか?

 

松本:アートに対峙したときに感じることは人それぞれですよね。多様な意味の解釈ができて面白いと思います。この世界は本当に複雑で多様ですが、私たち大人は言語化しすぎたために、部分的にしか理解できなかったり、感知できなかったりすることがあると思っています。

アートは豊かな世界に出会い直すための貴重な機会や媒体であり、対話の時間を与えてくれますよね。子どものさまざまな思考や構造、世界の見方・考え方にも良い影響があると考えています。

 

平山:松本さんが好きなアートはありますか?

  

松本:先日、POLA美術館で観た「フィリップ・パレーノ展」が印象に残っています。何かと何かの関係性から新しいものを知覚することを得意としているアーティストです。

箱根ポーラ美術館で開催していたフィリップ・パレーノ展

これまでの経験・メディアで知ったこと・未知のこと。これらがちょうどいいバランスで配合されていました。映像を観ながら自分なりに解釈したものが見事に裏切られる感覚がありました。

 

平山:最後に、大人が自分の直観力を磨いたり、自分らしさを発掘するためのアドバイスを教えてください。

 

松本:自分の中に、世界を見るためのさまざまなレンズを持つことが大事なのかなと思います。自分の好きや得意な領域から、そのレンズを見つけられるといいですよね。例えば、本を読むのが好きなら、多くの本を読んでレンズを見つける。人に会うのが好きなら、さまざまな人に会ってみる。あの人の視点ならどうだろうと考えることで、世界を見るレンズがどんどん増えていくと思います。

平山:「レンズを複数もっていていい」とまず思うことも大事なのかもしれないですね。

 

松本:複数のレンズを持っていると、世界を感知するアンテナが広がるし、物事をより多面的に見ることができますよね。さまざまなやり方があると思うので、気付かれたことがあればぜひ教えてほしいです。

今回のゲスト
まちの保育園こども園代表 松本理寿輝
1980年生まれ。一橋大学商学部商学科卒業後、株式会社博報堂に入社。 3年勤めて退職した後、仲間と不動産ベンチャーを立ち上げる。 その後、学生時代から構想していた理想の保育・教育を実現するためナチュラルスマイルジャパン株式会社を設立。 2011年に『まちの保育園 小竹向原』を開園し、 現在は同園・六本木・吉祥寺・代々木上原・代々木公園・南青山で認可保育園と認定こども園を運営している。 ナチュラルスマイルジャパン公式HP

アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」

アート思考を紐解くインタビュー企画 第一線で活躍する経営者やクリエイターは、アーティストにも似た感受性や視点が備わっているようにみえる。一体なぜ?マガジンでは、彼らの物事の捉え方や感受性を育むまでに至ったパーソナルな体験を対話によって紐解き、アート思考を再定義します。インタビュワーはオフィスアートを運営するNOMALARTCOMPANY代表の平山美聡。アーカイブはこちら

アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」

文/久保佳那,写真/久保佳那
企画・編集/野本いづみ

Hello ART thinking!次回予告

現在クリエイターや経営者をインタビュー中です。お楽しみに。アーカイブはこちら

 

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