2024.05.01

人材開発コンサルタントに聞いたビジネスパーソンがアート思考を持つといい理由【アート思考探求マガジンvol.2】

HELLO ART THINKING
株式会社HRインスティテュート(以下HRI)の取締役・プリンシパルコンサルタントの狩野 尚史さん。企業の事業開発に関わる中で、なにより重要視しているのは人づくりだと狩野さんは話す。「ビジネスパーソンこそアーティストであれ」というフィロソフィーをもつ狩野さんが考えるアート思考や、アートの関わり、仕事にどう生かされているかを聞いた。

アート思考探求マガジン Hello ART Thinking!

アート思考を紐解くインタビュー企画
第一線で活躍する経営者やクリエイターは、アーティストにも似た感受性や視点が備わっているようにみえる。一体なぜ?マガジンでは、彼らの物事の捉え方や感受性を育むまでに至ったパーソナルな体験を対話によって紐解き、アート思考を再定義します。インタビュワーはオフィスアートを運営するNOMALARTCOMPANY代表の平山美聡。 vol.2は狩野 尚史さんへのロングインタビュー。アーカイブはこちら
本日のゲスト HRインステュート/取締役・プリンシパルコンサルタント 狩野尚史
人材開発コンサルHRインスティテュートにて「主体性を引き出す」をミッションに、「その企業らしい事業を創る“人”を創る」を軸に置いたプロセスコンサルに従事。同社の創業者である野口吉昭氏の考えに魅かれ同社へと参画。ビジネス開発&人財開発に強いミッションをもつ。新規ビジネスモデル構築、戦略構築を中心に幅広く事業開発&人材開発を支援している。 HRインステテュート/HRInstetute

アート思考とは何か?を知りたい方はこちらもご覧ください

企業には「問い」を立てられる人が少ないから、アート思考が必要

平山:まずは狩野さんのお仕事について教えてください。

狩野:企業の新規事業開発、戦略の練り直しを支援しています。事業開発に関わるうえで、私たちがもっとも大切にしているのは戦略や新規事業を開発する「人づくり」です。 ビジネスを発展させていくためには、支えてくれる人材がなにより重要です。

平山:HRIさんは誰もが知る大企業の数々の新規事業開発に関わっていますよね。狩野さんのフィロソフィーである「ビジネスパーソンこそアーティストであれ」という言葉がとても印象的でした。どういった意味がこめられているのでしょうか。

狩野:さまざまな企業様から相談をいただきますが課題自体が明確でない場合が多いです。明確でない場合はまず「問い」が必要なので、問いを立てるところから私たちが入ります。多くの企業において課題を解決する人はいても、アーティストのようにそもそも論で世の中に問いを立てたり、問題そのものを開発したりする人は少ないと感じています。

“名だたる大企業経営者からの指名が絶えない、狩野さん独自の人材開発プログラムの秘密に迫る”

平山:アート思考=問いを立てる研修を実際に企業へインストールした事例を教えてください。

狩野:例えば大手メーカー系列のエンジニアリング企業の新規事業開発の支援をしたときは面白かったですね。本来エンジニアリングとは、自らが作りたい社会や喜びを描いて、なぜ今実現できないのかを分析し設計してデザインに落とし込んでいく仕事です。しかし、支援先の方々は数年前に構築された事業計画通りに与えられたお題を実現する仕事ばかりしてきたので、世の中に違和感をもったり、問いを立てたりすることがなかなかできずにいました。問いがなければ着想することもできません。

そこで、問いを立てる訓練=アート思考のインストールからはじめようと考え、絵画をみんなで見て作者の着想の違いの面白さを感じることから始めました。アートや音楽などにみんなで触れて、何かを感じ取ったり、興味・関心をもって心が揺れたりすることを経験することが大事です。

アートは戦争や技術革新など世の中を取り巻く状況に敏感に連動して、次々変化していきますよね。絵画を見るように世の中を見ていけば、「なぜ自分たちは変わっていかないんだろう」という問いを立てられるようになり、解決したくなるものが見つかることを体験していただきました。その結果、新たなビジネスの立ち上げが実現しています。

平山:人の意識を変えることで、主張や問いを立てられる人に変えていくというプロセスなんですね。アート思考が身につくと、仕事に対するモチベーションや視野が変わったりするのでしょうか?

狩野:相当変わります。メーカーの商品開発は技術のシーズ(種)から始まることが多いんですよね。シーズとはまだ世の中に知られていないノウハウやテクノロジーで、非常に面白いものばかりなのですが、マーケットからの反応は未知数です。使い道を定められないまま放置されてしまうシーズはたくさんあるんです。

そこで、「あなたは世の中をどう変えたいですか?そのときこのシーズは役に立ちますか?」「どう使われたら困っている人の役に立ちますか?」と質問していきます。すると、問いの立て方がだんだん掴めてきて自分の仕事が楽しくなって、目の輝きが変わっていくのがわかるんです。アート思考は一見アートとは無縁な業界や、理系分野でも必ず力を発揮します。

平山:自分で立てた問いのために仕事をすることはめちゃくちゃ幸せな状態ですよね。狩野さんはビジネスパーソンはみんなアート思考を持つべきだと思いますか?

狩野:持ったほうがいいと思います。人間は誰しも表現者だし、自分らしさや好きなものを表現していいはずです。自分が信じたものや心を動かされるものは、周囲も動かす力をもっているんですよね。だから、自分の気持ちを閉じない方がいい。

好き嫌いは率直な自分の感情で、人によって違います。好き嫌いだけで仕事を進めたらわがままだと思うかもしれないけど、自分の主張をした上で相手の主張も受け入れればいいと思います。

場をとっちらかす人がいると、物事が進展していく。



平山:私もアート思考を広めたいという思いでアート導入やアートワークショップをしているので嬉しいです。でも、会社で個人が好き嫌いや主張をしていくと、その場は収拾がつかない状態になりますよね。会社の場合どこかでそれをまとめないといけない局面もあると思うのですが。

狩野:最初はとっちらかってもいいと思うんです。最初からまとめることをゴールにすると「最終的に誰かが決めるんだよね」と思ってしまうから、意見が言いにくくなります。

平山:いろんなアイディアが溢れてとっちらかった議論は、どのように実を結ぶんでしょうか。

狩野:僕が見てきた社内起業の立ち上げ支援なんかでも、最初はワイワイガヤガヤと話しているだけで意見はとっちらかっています。散々とっちらかった中から自力で収集をつけて、決めたことはみんな何がなんでもやりきろうとするんですよ。やりきろうとすれば熱量も高まるし、やり続けるエネルギーがうまれるんです。だから、最終的に熱量が高いプロジェクトに周囲が寄り添っていく。権力があるとか、声が大きいというのとはまた違って「熱」のある暖かいところに人が集っていくような感じです。

デザイン思考はお客様への共感から入りますが、アート思考は自分の想いや考えに共感する人をつくるところから始まります。共感者をつくり最終的に自分が先端になっていくというプロセスが重要なんです。

新規事業に大切なのはスキルより「続けられる理由」

平山:狩野さんが今の仕事をしている理由を教えてください。

狩野:当社の創業者である野口との出会いによって、自分の中でパラダイムシフトが起きたからです。彼がHRIを創業して、最初に立ち上げたのが「ワークアウト」というプログラムでした。一般的な研修は人事が「この階層の社員にこういったスキルを身につけてほしい」と問いをすでに立てていることが多いのですが、ワークアウトは自分で問いを立てることからスタートします。なぜなら、野口が「新規事業など新たなものを作り出すことに本気で取り組むなら、自ら問いを立てて課題をつくっていく人でなければ続かない」と考えたからです。その考えを初めて聞いたときは、雷に打たれたような衝撃がありました。

“まるで山小屋のようで居心地のよいHRIのオフィスにも「人」中心主義が感じられる”

平山:10年以上前の当時のコンサルティング業界としては、とても異質な考えだったのでは?

狩野:当時はおそらくなかったと思います。僕は前職で仲間と起業に近いことを経験したので起業がなんたるかある程度理解しているつもりでいます。問いを立てて新しいことをやっていくのは、ものすごくエネルギーがかかるし、軋轢もおきます。「こんなことやってもしょうがない」と思ってしまうことだってある。でも、自分で立てた問いなら解きたくなるし、やめられなくなるんですよね。

企業の中には表現者でありたい人が必ずいるはずなんです。でも、組織のルールの中で彼らは顕在化していない場合が多いので私たちは表現者として彼らが新規事業をつくれる機会や場をつくる支援をしています。

自分の意見に蓋をすると考えるクセがなくなってしまう。

平山:狩野さんはHRIに入社後も、東京工業大学の博士過程で社会工学を学ばれていますよね。今の仕事と関連することはありますか?

狩野:社会工学の研究分野は多岐に渡りますし定義もいろいろありますが、簡単に言うと「社会科学の知識を総合して、工学的手法(分析的、数理的、計量的)によって社会問題の解決方法を開発しようとする学問」と言われいます。

ある意味違う意見を組み合わせて合意形成していくためにはどうしたらいいのかを研究する学問でもあります。企業のプロジェクト推進に通じていますね。

例えば、ダムの建設計画があったとしたら、推進派と反対派がいます。その意見をどう融合させるのか、最大公約数として世の中のためになるにはどうしたらいいのかをなども考えていきます。多くの人の意見や視点があるほど、議論の場はとっちらかります。でもそれがいいんです。とっちらかれば、意見が画一化されず、クリエイティブ・オプション(創造的選択肢)が生まれ物事が進展します。誰か一人の意見や定量データだけが正解にはならないんです。

平山:面白い!創造的選択をするためには社会工学的にも場をとっちらかす人が必要なんですね。

狩野:そう、とっちらかす人を作ることはとても重要なんです。新規事業開発は経営戦略における次の一手として生まれるわけですが、市場環境分析や顧客環境分析をしてファクトを積み上げて新規事業を考えるとみんな同じになってしまう。それじゃ進化もないし、何よりつまらないでしょう。

“あえてとっちらかる時間と工数をかけた人材開発プランが狩野さん流”

狩野:人間や意見に優劣があるわけではないので、思っていることや考えていることを率直に言うことは大事です。意見を言わず蓋をしていると考えるクセがなくなってしまう。だからこそ、違う意見や反対意見を言える人を作ることが重要なんです。

平山:私自身も会社員だったときには「問いを立てる」という視点は抜け落ちていました。狩野さんの研修を会社員時代に受けてみたかったです。

気に入ったアートを部屋に飾るのは、自分の好きなものを表現すること

平山:狩野さんとアートのかかわりについて教えてください。自分自身がアートと出会ったと思ったのはいつ頃でしょうか?

狩野: 実は、母が絵描きなんです。絵を描いたり、ステンドグラスを作ったり、書道を教えていたりして、モノづくりが好きな人でした。実家にあるアトリエには、絵の具やガラスの材料が常に転がっていて、何か作りたいと思えばすぐにできる環境で育ちました。

父は経営者で山が好きな人で、休日は家族で山登りやバーベキューやキャンプをしていました。その帰りに必ず美術館に寄るのがルーティンでした。帰りの車の中では、自然で遊んだ楽しさ、今日見た絵をどう思ったかをあれこれと話していましたね。

平山:とても素敵な家庭だと思うのですが、特殊な環境ですよね。幼少期に友達と話題が合わないと感じたことはありましたか?

狩野:僕はあまりゲームで遊んだ記憶がないんですよね。友達が家に遊びに来たら、母親のアトリエで絵を描く真似事をしたり、木で何かを作ったりしていましたね。

平山:狩野さんはアートをたくさん所有されていますよね。初めてアートを購入したのはいつ頃ですか?

狩野:高校生だったと思います。

平山:えー!早いですね…!私の知っている中では最年少コレクターです。

狩野:母親に「気に入った絵はあなたの心を写すものだから、自分のお金で買って、自分の部屋に飾るといいよ」と言われたんです。母親と一緒にギャラリーに行き、1~2万円の絵を自分のお年玉で買いました。赤富士の絵で、今でも実家に飾ってあります。

平山:部屋に飾ってみたときは、どう思いましたか?

狩野:気に入ったものを自分で買って部屋に飾ることは、自分の好きなものを表現することなんだと感じました。子どもの頃の体験が今の仕事にも影響しているところはあると思います。

自宅にアートがあると、習慣的に刺激を受けられる

平山:個人的な考えですが、日本は主張が変わることに対して厳しいと思うんです。環境が変わればやり方が変わっていいはずなのに、ビジネスでは一度決めた手段をあとから変えにくいと感じることがあります。

狩野:ビジネスの世界は、どうやって実現するかという「How」が強くなっていきますよね。問題解決にどうしても思考が偏るので、時おり「何のためにやるんだっけ?」「何が一番新しいものなんだっけ」という原点に思考を戻すことが必要です。すると、そもそも何のためにこの手段を選択したのかという目的に立ち返れる。そういった考えのチューニングは大事だと思います。

平山:考えや感性をチューニングしたいときにすることはありますか?

狩野:美術館はよく行きますね。本はビジネス書や学術書を読むことが多くなってしまいますが、アートや哲学などのあえてビジネスから離れた本も読むようにしています。

それから、僕は自宅にアートを所有することが大事だと思っています。自宅にアートがあれば、習慣的に刺激を受けられます。好きな時に見ることができるし、アートや作品はそのときの自分の感情を映し出すんですよね。何か自分の中の大事な感覚や感情を表に出して表現をしたい、残しておきたいと思ったときにアーティストが自分を代弁して表現してくれる。自宅にそれがあれば、原点に帰りたい時にいつでも鑑賞できる。僕にとってアートとはそういう感覚です。

平山:最後に、狩野さんのおすすめのアーティストを教えてください。

狩野:たくさんありますが、舘鼻則孝さんが好きで、作品である靴を何足か購入しました。美しいですし、アーティストの方と直接話して作品の裏の文脈を知るととても欲しくなります。
アート思考を表現した靴

“ご自宅にコレクションされている舘鼻則孝さんの作品”

他ではカトレヤトウキョウというアート集団も好きですね。音楽バンドの「ずっと真夜中でいいのに。」のアートディレクションも手掛けています。ハイアートとストリートアートを融合や、芸術・哲学・科学を内包した創造性を表現しています。

戦後日本の前衛アーティスト集団「具体美術協会」のメンバーも皆好きなのですが、その中でも上前智裕(うえまえちゆう)さんも好きですね。知る人ぞ知る、新しい表現模索を長くされてきた方です。 あとは、軽度な知的障害を持ちながらも独特な感性を表現している「画家AKI」さんも好きですね。世界的にも評価されています。見る人を試すAKI色という豊かな色使いも魅力的です。

“オフィスの一角にも飾られているAKIさんの作品”

狩野さんのアート思考探求を終えて
狩野さんとお話しする前までコンサルティングとは「ロジックで相手を納得させ、ビジネスを推進していく」という印象を持っていました。今回その考えが大きく変わりました。エンジニアリングなど理系的な分野におけるビジネスとアートの親和性や融合による広がりを語られていたことも印象的で、ビジネスの実践の場で活用されているアート思考の実態を知ることができました。
 

アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」

文/久保佳那 写真/久保佳那,DaikiSugimoto
企画・編集/野本いづみ
Hello ART thinking!次回予告
クリエイターや経営者を現在取材中です。アーカイブはこちら

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