アーティストDRAGON76さんに聞いた自分のアートをアップデートする方法【アート思考探求マガジンvol.3】
2024.07.03
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アート思考マガジン
2016年からニューヨークを拠点に活躍するストリートアートをベースにした壁画アーティストDRAGON76さん。米国で手掛けた壁画は48箇所にも上り、New EraやXLargeなどブランドとのコラボレーションも数多く行う。過去と未来、静と動、正義と悪など、相反するものの共存をテーマに作品を制作し、作風は常に進化し続けている。今回DRAGON76さんのニューヨークのアトリエに伺う貴重な機会をいただき、拠点をアメリカに据えたきっかけ、アーティスト活動における日本とアメリカの違いについて聞いた。
目次
アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!
アート思考を紐解くインタビュー企画 第一線で活躍する経営者やクリエイターは、アーティストにも似た感受性や視点が備わっているようにみえる。一体なぜ?マガジンでは、彼らの物事の捉え方や感受性を育むまでに至ったパーソナルな体験を対話によって紐解き、アート思考を再定義します。インタビュワーはオフィスアートを運営するNOMALARTCOMPANY代表の平山美聡。今回はNYで行ったDRAGON76さんとのスペシャル対談です。アーカイブはこちらアート思考について知りたい方はこちらの記事もご覧ください
やるしかない環境に自分を追い込み、やるべきこととやれることを頑張る
平山:先ほどDRAGON76さんが描かれたワールドトレードセンターの壁画を見てきました。とても素敵でした!今回の壁画は、何からインスピレーションを得たのでしょうか? DRAGON76:自分のスタイルや描きたいもの、ニューヨークのこの場所で描く意味やコンセプトを考えました。ワールドトレードセンターの場合は、さまざまな人種が集まるアメリカのカルチャーと、僕自身の大きなテーマである「共存」を結びつけて描きました。 平山:ワールドトレードセンターで壁画を描くのは2度目だそうですね。1度目はどんな経緯で描くことになったのでしょうか? DRAGON76:僕がニューヨークに渡って1年くらいたった頃、ライブペインティングの仕事をしました。それを見ていたお客様の一人が、ワールドトレードセンターの関係者に「こんなアーティストがいるよ」と写真を送ったことが始まりだったんです。その結果、ワールドトレードセンターのアートディレクターが僕を知り、壁画を依頼してくれました。 ちょうどワールドトレードセンターが壁画プロジェクトを始めることになり、さまざまなアーティストを探していたタイミングだったそうです。 平山:最初は驚かれたんじゃないですか? DRAGON76:「ワールドトレードセンターって、あの…!?」という感じでした。今もそんなに英語は得意じゃないのですが、当時はまったくわからなかったので、打ち合わせをして進めていくのも大変でしたね。 平山:言葉の壁も含めて、やりにくかったことはありましたか? DRAGON76:言葉については苦労するだろうと思っていて、まず1~2年は英語を覚える期間にしようと思っていたんです。ただ、意外にも言葉が通じなくてもそこまで困らなかったんですよね。絵を気に入って依頼してくれた人にとっては、僕が絵を描くことがゴールなので、色々なコミュニケーションの方法を考えてくれたからです。言葉が通じなかったらテキストで会話したり、翻訳機を使ったり、日本語を話せる人を連れてきてくれたり。いまだに英語はそこまで上達していないんですが、絵を気に入ってくれてから絵ができあがるまでのプロセスはとてもスムーズです。 平山:もし自分なら、まずは英語を日本で勉強してからニューヨークに行くかもしれないと思いました。DRAGON76さんはとりあえず行ってみようという感じだったんですか? DRAGON76:そうですね。僕も奥さんもすごく楽観主義で、行ってしまえばなんとかなるという考えなんです。準備を整えてから動くとどうしても遅くなってしまうので、もう行ってしまって「やるしかない!」という環境に自分を追い込むようにしています。そのあとで、やるべきこととやれることを頑張ります。 平山:いやぁ、この話はみんなが刺激を受けそうですね…!肝に銘じます。 DRAGON76さんは、なぜニューヨークに行きたいと思ったんですか? DRAGON76:いくつか理由がありました。1つはSNSなどを通じて知る海外のアートシーンのレベルが高く、輝いて見えたことです。いつかニューヨークに行きたいという憧れはずっと持っていました。 もう1つは、ずっと住むつもりで横浜に家を建てたことです。実際に住み始めてみて「一生ここに住んでいくんだよな」とリアルに想像したら、やっぱり一度はニューヨークで活動してみたいと思い始めたんです。年齢も40歳手前だったので、最後のチャレンジをするなら今しかないと思いました。奥さんに相談したら「絶対行くべきだよ」という答えでした。 平山:すごく素敵ですね。 DRAGON76:小学生の子供にも相談してみたら「いいね!」という反応でした。ちょうどアメリカのスクールコメディにはまっていて、アメリカの学園生活が面白そうだと思っていたらしいです。子供が嫌がるのに行くのは難しいので、子供の反応が良かったことで、このタイミングしかないと決意しました。アーティストが自由に描ける環境だから、自分のコンセプトが定まっていった
平山:ワールドトレードセンターは貿易の中心地で、かつ9・11の悲劇もあった場所です。日本なら、そこに壁画を描こうという発想にあまりならない気がしました。アメリカで壁画はどんな立ち位置にあるのでしょうか? DRAGON76:壁画に限らず、アートとクリエーションに対するリスペクトがとても高いです。アメリカではあちこちに「アート・ディストリクト」という解放された地区があります。もともと治安が悪かった地域のイメージをアートによって雰囲気を良くしていこうという取り組みです。こんな風にアートが活用されるくらい、リスペクトされているんです。 アメリカはアートと人との距離が近いと感じます。例えば、僕の作品を好きだと思ってくれたら、ものすごい熱量でどれだけこの絵が好きかを伝えてくれるんです。 日本で壁画を描いていたら「かっこいい絵を描いているな」と遠巻きに見られますが、こちらだと「私の街にかっこいいアートを描いてくれてありがとう」と声をかけられるくらい距離が近いです。 平山:アートと人との距離が違うんですね。アメリカで商業として描く場合、アーティストとしてのコンセプトを強く設定する必要があるというイメージをもっています。どのようにご自身のテーマを考えていかれましたか? DRAGON76:日本にいた頃より「自分のアートで何を伝えたいのか?コンセプトは?」と考えるようになりました。というのも、アメリカでは「ここにこんな絵を描いてください」と言われるようなことはなく、壁画の自由度がとても高いんです。自分のアートを表現できる場所が提供されていて予算もあるという感覚です。 平山:好きに描いていいと言われたことで、何を描くかに改めて向き合ったという感じですか? DRAGON76:そうですね。それまでも自分の描きたい何かはあったんですよね。ただ、コンセプトというより、こんな絵をこんなスタイルで描きたい、かっこいいものを描きたいという気持ちでした。 でも、描きたいと思う背景には、絶対に自分なりのコンセプトがあるなと思ったんです。そこで、自分が描きたいものを追求して、何に影響を受けてこの絵を描きたいと思ったのかを自分自身で追っていくようにしました。その繰り返しによって、自分の描きたいコンセプトが固まってきたように思います。 平山:ヒップホップやストリートの文化に影響を受けているとおっしゃっていますよね。 DRAGON76:僕のアートの大きなテーマは「共存」です。ヒップホップはニューヨークから始まった文化で世界中に広まっています。それぞれの国の文化と結びつき、解釈される中でその国らしいヒップホップになっていきます。 だから、1つのアートにさまざまな文化やアイデンティティをごちゃ混ぜにして、新しい見せ方ができないかと試行錯誤してきました。 平山:壁画を描くときは、壁画がある場所の個性や要素を取り入れたりしていますか? DRAGON76:自分の描きたい絵をベースにして、そこに暮らしている人たちのテンションが少し上がるような要素を何か入れるようにしています。例えば、その場所がネイティブアメリカンの人にとって歴史的に重要な場所なら何か入れてみるなどです。アメリカでは、自分が「今1番かっこいい」と思う絵を自由に描ける
平山:ニューヨークの活動では、クライアントとの間に入るエージェントはいますか? DRAGON76:プロジェクトによっては誰かが入ってくれることもありますが、基本的には自分でやっています。Instagramから直接連絡が来たりすることも多いですね。 さまざまな壁画のエージェントがいて、仕事が入るとアーティストを選考するような流れになっているので、そこから壁画の案件が入ってくることもあります。 平山:アーティスト活動をして、アメリカと日本の違いを感じるときはありますか? DRAGON76:アートの話をするときにお金の話がタブーではないことです。「あの壁画はいくらもらって描いたの?」とか普通に聞かれますね。聞かれて言いたくなければ答えなければいいので、「なんでそんなこと聞いてくるの?」という雰囲気にもならないです。日本ではお金の話をするのが野暮でタブーのような雰囲気があります。 平山:日本人アーティストだからこそ期待されていることはありますか? DRAGON76:僕が接する人や仲良くなる人たちは、日本のカルチャーがとても好きです。僕の絵のスタイルはアニメなどにも影響を受けているので、すごく気に入ってもらえることが多いです。アメリカでも、日本のアニメやファッション、カルチャーは大きな影響があると思います。コロナ禍で日本のアニメなどを観た人も多く、認知が進んだ気がします。 平山:そのお話を聞くと、日本人がもっと自由な発想で自分の好きなことを話せたらいいのになぁと思いますね。 今回ニューヨークに来て、アート市場はとても新鮮で素晴らしいと思うのですが、そのまま日本にインストールすることが正解でもないような気がしていて。日本の良さを生かして、世界で戦っていくにはどんな思考が必要なのかなと、考えたりしました。 DRAGON76:たしかにそうですよね。僕もまだめちゃくちゃ成功しているわけではないので、何が正解なのかはまだわかっていません。 平山:ニューヨークで活動していて、日本にもあったらいいのにと思う仕組みなどはありますか? DRAGON76:仕組みではないのですが、アーティストが描くときの自由度がとても高いんです。ニューヨークに来たばかりの頃にアートを依頼されたとき、「何を描いたらいい?」と聞いたんです。すると「自由にあなたの表現をしてくれ」と言われて驚きました。アーティストファーストで、アーティストが自己表現をして、かっこいいと思う絵を描いてくれたらいいというスタンスです。 日本で活動をしていたときは、「こういう絵を描いてほしい」「こんな色を使ってほしい」などディレクションが入ることが多かったですね。 平山:やっぱり自由に描けた方が、アーティストはやりやすいですよね? DRAGON76:やりやすいですね。自分が描きたいものを描きたいですし、自分のアートをアップデートしやすい。 過去作品のポートフォリオをもとに、「こんな感じのアートを描いてほしい」となってしまうと、自分の中ではもう通り過ぎたスタイルを求められている感覚になります。すると、その仕事は今の自分のテンションではやれないので、少しモヤモヤしながら描くことになる。ニューヨークでは自分が今1番かっこいいと思う絵を描かせてもらえるのがすごくありがたいですね。 平山:過去作品をカタログ的にみてしまうんですよね。「たぶん通らないだろう」とアーティストがブレーキをかけるのが一番良くない
平山:アメリカでも、壁画を描く前にラフを出すことはありますか? DRAGON76:広告系の壁画の場合、もちろんラフを出します。絵の内容をコントロールしたがるクライアントも中にはいますが、基本的にチェックだけです。 平山:弊社の場合も、クライアントの要望とアーティストのクリエイティビティーのバランスをとるのは難しいと感じています。日本の場合、一足飛びにアーティストに全部任せる環境にはならないとは思うんです。いったん最初のプロジェクトで全員がちょっとずつ歩み寄り、2回目からは自由にやろうというステップが必要かもしれないですね。 お話を聞いて、「アーティストの自由で新しい表現に1番価値(バリュー)がある」ことをクライアントにちゃんと理解してもらえることが大切だと感じました。それと同時に、自由でいいと任されることでアーティストは強い責任を感じるはずで、ハードな面もあるだろうなと思いました。 DRAGON76:提案したものへのダメ出しや要望が多いと、アーティストは新しい試みを提案しにくくなりますよね。本当はもっと新しいことができるかもしれないのに、「たぶんこれを出しても通らないだろう」とブレーキをかけるかもしれない。それが一番良くないと思います。 平山:いやぁ、もう「そうですよね」としか言えないくらい、深く共感しています。 DRAGON76:NOMAL ART COMPANYのようにオフィスのアートだと、企業側も自分たちが毎日働いて目にするものなので、どうしても自分たちが好きになれるようなものをつくりたいという気持ちが出てくるでしょうね。 アメリカの場合は、完成したアートに対して「これは無理だ」という反応はなくリスペクトをもっているので、アートの捉え方に違いがあると思います。 平山:壁画がオフィスの中にあったとしてもですか? DRAGON76:アメリカでオフィス内の壁画を何度か手がけましたが、テーマはほぼ自分で決めました。テクノロジーの会社で、そんな雰囲気がちょっと入っていたらうれしいとは言われましたが、基本的には自分の表現でやってほしいと言われました。そう言われると自分としても「じゃあ、かっこいいものを描こう」という気持ちになります。 平山:そういう環境を聞くと、力のあるアーティストがニューヨークに出ていったら、日本に戻る意味がなくなるのかなと思います。DRAGON76さんはおそらく日本には戻られないですよね? DRAGON76:昨年グリーンカードを取得したので、今のところは考えていないです。シンプルに、アートの環境としてアメリカの方がやりやすいので、こちらでずっと活動するつもりですね。いまだに英語が全然しゃべれないのでもう少し勉強した方がいいかなと思ったりもしますが、話せなくても納得のいく仕事ができています。 平山:英語を話せないこと自体がブランドっぽくて、逆にかっこいい気がしちゃいます。日本のアーティストが、こうなったらもっといいのにと思うことはありますか? DRAGON76:日本でもアーティストの自由度がもう少し高くなればいいのにと思います。そしてお金が回っていけば、日本のアートはもっと発展していくんじゃないでしょうか。僕も日本で、全部自由に描ける大きなサイズの壁画をやってみたいです。 平山:今後挑戦してみたい活動があれば教えてください。 DRAGON76:手がける壁画の大きさをどんどんアップデートしていきたいです。最近はギャラリーなどで僕の展示に力を入れてくれるようになってきたので、作品も売れてほしいですね。 また、一番やりたいのはファッションブランドとのコラボです。最近はNew EraやG-SHOCKとのコラボをしました。Tシャツ、時計、靴とそろってきたのでハイブランドやストリートファッション、スポーツブランドなどともコラボレーションして、全身のアイテムを手がけてみたいです。DRAGON76さんのアート思考探求を終えて 私にとってはじめてのNY!!!興奮していた中で、壁画界のレジェンドでNY在住のDragon76さんに会えたことはとても嬉しいことでした。アートについても「思っていた通りのものが出来上がると喜ぶ」日本人と「思ってもみないものが出来上がると喜ぶ」アメリカ人。どちらがいい悪いではないけど、後者の人がもっと増えていくといいなあ。
今回のゲスト/アーティスト DRAGON76 滋賀県生まれ。 2016年よりニューヨークを拠点にストリートアートをベースとした壁画アーティストとして活動。 過去と未来、静と動、正義と悪など、相反するものの共存をテーマに作品を制作し、作風は常に進化し続けている。米国の48か所で壁画を描いており、これまでに手掛けた最大の壁画は国連からの依頼でテキサス州ヒューストンで制作した78mx16mの超大作。日本の伝統的な侍を現代風にアップデートしたオリジナルキャラクター玩具「DR76」は数分で完売。 DRAGON76さんのウェブサイトofficialsite/SNS InstagramDRAGON76さんへの壁画依頼はこちらからご相談ください。
アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」
文/久保佳那,写真/SHINJIRO TANAKA 企画・編集/野本いづみHello ART thinking!次回予告 現在クリエイターや経営者をインタビュー中です。お楽しみに。アーカイブはこちら
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