グローバル起業家奥本直子さんに聞いた日本を元気にするウェルビーイングとアート思考【アート思考探求マガジンvol.4】

2024.07.05
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アート思考マガジン
アメリカ・シリコンバレーを拠点に、世界でも類を見ないウェルビーイング・テクノロジー(以下、ウェルビーイング・テック)に特化したファンド「ニレミア・コレクティブ」。設立者の奥本直子さんは本ファンドのマネージング・パートナーを兼ねながら、日米ビジネスの投資&事業開発会社「アンバー・ブリッジ・パートナーズ」の代表も務めている。
華麗な経歴だけでもすごいのに、奥本さんは「アート思考」という単語の生みの親であるフランスのシルヴァン教授に直接「アート思考」を学んだ数少ない日本人のうちの一人。現代において、世界の起業家に必要な視点とは?そこに「アート思考」はどのように求められるのか。世界で活躍する彼女の視座に迫る。

アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」

アート思考を紐解くインタビュー企画
第一線で活躍する経営者やクリエイターは、アーティストにも似た感受性や視点が備わっているようにみえる。一体なぜ?マガジンでは、彼らの物事の捉え方や感受性を育むまでに至ったパーソナルな体験を対話によって紐解き、難解に思われがちなアート思考の原点に迫ります。インタビュワーはオフィスアートを運営するNOMALARTCOMPANY代表の平山美聡。今回は奥本直子さんとの対談です。アーカイブはこちら
アート思考について知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

コミュニケーションスキルを磨き、企業や人の“橋渡し”を担う

平山:ご無沙汰しています、お会いできることを楽しみにしていました。今日は、グローバルに活躍する奥本さんの思考や視点についてお伺いしたいと思っています。まずは奥本さんが手がけられていることを教えていただけますか。

奥本:ウェルビーイングという文脈で日本を元気にしたい。みんなが健康で幸せであることを主眼にしつつ、経営面では主に二社の経営に携わっています。一社は、ウェルビーイング・テックに特化したベンチャーキャピタルファンド「ニレミア・コレクティブ」です。2018年にウェルビーイング・テック世界最大のエコシステムといわれる「トランスフォーマティブ・テック」という非営利団体が開催するカンファレンスに参加して、その主催者でもあったニコル・ブラッドフォードと出会ったことで共同創業しました。ここではマネージング・パートナーを務めています。もう一社は、日米間のビジネス開発・投資のコンサルティング会社の「アンバー・ブリッジ・パートナーズ」。こちらは2017年に立ち上げました 平山:大学時代にアメリカに行かれてから、ずっとアメリカを拠点に活動されていますよね。何かきっかけがあったりしたんですか?

奥本:子どもの頃に湾岸戦争があって、日本は自衛隊を派遣できず、世界中からバッシングを受けていたんです。そのときに日本と世界に溝を感じて、“将来は日本と世界の橋渡しがしたい”と思っていたんです。そのためには“聞く”“伝える”というコミュニケーションスキルを磨きながら、パブリックリレーションズの分野を学ぶことが必要だと考え、アメリカの大学院への進学を選びました。

平山:なるほど。その後、どのようにキャリアを積んでいったのでしょう?

奥本:大学院を卒業して最初に、のちにマイクロソフト社に買収されるスタートアップ企業に就職しました。そこから数社を経て、独立前の約11年間は、米国Yahoo!本社のジョイント・ベンチャー担当を務めていました。多くの会社で働きましたが、共通していたのは多くのステークホルダーと関わる業務だったこと。そのため、どうしたらそれぞれのステークホルダーとのwin-winの関係性を築けるかを常に考えていましたね。また、統廃合の局面が多かったので、相手の立場にできるだけ寄り添いつつ、“橋渡し”ができるように努力してきました。

“真の最高バージョンの自分”に出会うために必要なこと

平山:そして独立されてコンサル業務を主とした会社を設立し、ウェルビーイング・テックに特化したファンドを立ち上げられたわけですが、なぜウェルビーイングに着目されたのでしょう?

奥本:大手ベンチャーキャピタルを経て、単に営利を目的とするベンチャーキャピタルではなく、“ヒューマンセントリック”なテクノロジーに投資をしたいと思うようになりました。社会的な課題を解決しようとする取り組みにこそ、人やお金は集まるべきだし、そこにリターンが発生し、それを社会に還元していくというポジティブなインパクトを求めるやり方こそが、私が本当にやりたいことだと思いました。

投資の業界からは無視されがちな、何かをやりたい気持ちを大事にする、延いては“真の最高バージョンの自分になる”という部分に向き合う方が、私の思想に合っているし、その文脈で日本や世界を元気にしたいという思いがあったんです。

平山:すごく共感します。私の場合、誰もが子どものころから持っている、自分なりのモノの見方や捉え方を「アート思考」と捉えています。この思考を、ビジネスに取り入れるワークショップを行っているんです。アート思考を取り入れるとイノベーションが生まれたり、自身のウェルビーイングにも繋ったりすると考えています。

自分の主観に基づいて判断を重ねるので、そこで成功体験を得られると自己承認や自己肯定感が生まれるんです。だから、“真の最高バージョンの自分になる”というウェルビーイングの取り組みに向き合い、投資機会をつくるという奥本さんのお考えには共鳴しますし、奥本さんご自身が「アート思考」についてどう思われているかも気になります。

  奥本:今日の本題ですね。実は日本ではあまり知られていないのですが「アート思考」という単語を世界で最初に提唱したのは、フランスのESCP経営大学院のシルヴァン・ビューロゥ教授で、私は彼の元で直接アート思考を学んだ経験があります。

ESCP経営大学院はパリで創設された世界で最も古い歴史を持つビジネススクール(ウェブサイトより)


知人の西村真里子さんからアート思考ワークショップのことを教えてもらい、彼女と共に渡仏してシルヴァン教授の元で直接“アート思考ワークショップ”を3日間受講しました。その後これを誰かに伝えなくては、という想いがつのり講師資格も取得しました。実はこれはとても大変なプログラムで、通常はビジネスを起案するとき、ビジネスモデルやファイナンスの視点から入っていきますが、このワークショップでは、自分たちが情熱をもってなんとかしたい社会課題はなんなのか? そのビジネスがどれだけ社会的に大きな存在になるのか? 世の中にどう還元できるのか? などを問われて、議論することから始まるんです。

意見を交わすというよりも、ビジネスの発案者が、厳しい質問にどんどん答えていく形なので、批判されることに慣れていないと苦しみすら感じるかもしれません。でもこの質問に答える中で、自分がそのビジネスにどんな思いを持っているのか芯の部分に向き合うことになり、このプロセスで産みの苦しみを体感することで起業家の疑似体験ができるんです。

平山:すごく興味深いですね。「アート思考」という言葉の源流であるフランスではこの言葉はどんな定義で活用されているのでしょう?

奥本:混沌としたプロセスと、生みの苦しみを経験するためのトレーニング、でしょうか。アウトプットがアートなのかビジネスなのかで違いますが、社会的な課題を形にする、という根本的な部分で現代アーティストと起業家の思考は近いものがあります。そういう意味で起業家は、既成概念を超えて発想・創造するというアーティストの思考や行動をもっと真似したら良いというのが、フランスのアート思考の考え方です。

情熱を解き放つことから生まれる、新しいビジネス

平山:アートへの感度や理解力が高いフランスならではの考え方ですね。

奥本:元々シルヴァン教授は、ビジネススクールでの既存のプログラムや起業のビジネスモデルに彼なりの限界を感じ、そういったものに捉われず、自由に発想しない限りはイノベーションが生まれないという考えだったようです。だから、その発想や創造力を手助けするためにも、現代アーティストが同席して「君の情熱は解き放たれているの? 形になっているの?」とさまざまな角度から質問を投げかけ、「これが我々の作品(ビジネスモデル)だ!」というところまで昇華させることが必要だと考えていたと思います。

平山:奥本さんはアメリカでもさまざまなビジネスの成り立ちを見てますが、アメリカでの「アート思考」の捉え方はまた違いますか?

奥本:アメリカでもアート思考は評価されていますが、やはりファイナンスやビジネスモデルなど既存の骨子が重要視されていますね。そう考えると、それらを無視して、まずは自分の情熱を解き放って創造しよう、具現化しようというスピリットは、フランスならではだと感じます。

人間が強化していくべき価値、「10のC」とは?

平山:多くの起業家や経営者と接してきて、奥本さんは起業家に創造力は必要だと感じますか?

奥本:ChatGPTをはじめとしたAIとの共存時代に突入していく上でも、創造力は絶対的に必要だと思います。創造力も含まれますが、私は人間が持つユニークな価値や特性を「10のC」と名付けていて。 これらを組み合わせながら総合的に判断して、物事を生み出せる(=創造する)のが人間のポテンシャルだと思いますし、今後も強化していくべき人間力だと思っています。

平山:今、人間が潜在的に持っているポテンシャルの話が出ましたが、一方で、アート思考は潜在的なものだと思いますか? それとも後天的にも身に付くものだと思われますか?

奥本:アート思考は、人間ならば誰しも本来持っていると思いますし、ポテンシャルを引き出すトレーニングさえできれば誰もが身につけることができると思います。

子どもは生まれたときから創造力自体は持っています。例えば絵を描く、歌を歌うは、創造力から派生するものですが、絵を描いているときに批判されると絵が描けなくなったり、気持ちよく歌っているのに音痴だね、と言われたら歌えなくなってしまいます。そういう壁に阻まれると、創造も表現もやめてしまうんです。

だからどんな形であれ、創造できれば、表現できればそれはアートなんだよ、ということを伝えることはとても大事だと思っています。その“心理的安全性”があるだけで、表現も創造もできる。だから潜在的に持っているものでもあり、心理的安全性を感じられていれば、後天的に引き出すこともできるものではないでしょうか。

心理的安全性がある場所からは、創造や表現が生まれる

平山:奥本さんにもお子さまがいらっしゃいますよね。子育てでもアート思考を意識した接し方をされていたのでしょうか?

奥本:我が家にも、二人の子どもがいるのですが、子育てで大事にしていたことは二つです。一つは話をじっくり聞くこと。批判も感想も言わずに言いたいことを聞いていました。もう一つは彼らがやっていることに興味を持つこと。上手い下手のコメントはジャッジメントになってしまい、彼らの発想力や創造力を邪魔してしまうかなと。アート思考と直接結びつくことではないですが、この二つを徹底することで、自分たちに興味を持ってくれているという“心理的安全性”は感じてくれていたと思います。

平山:素敵な親子関係ですね。ビジネス面、プライベートな面、両方で奥本さんのアート思考に関してのお考えが聞けて、勉強になりました。最後に、アート思考の側面から今後の日本に期待することがあれば教えていただけますか?

奥本:先ほど話したフランスのアート思考のようなものは、まだまだ日本に根付いているものではありません。でも、企業がイノベーションを起こすにあたってはアートとの共存や関係は無視できないものだとも思っています。

そのためにはもっとアートを身近に感じる機会が作れたらいいですよね。それは教育機関を巻き込むことかもしれないし、地域的な活動かもしれません。企業だけに留まらず、アートがあることでの相乗効果を考える機会が生まれるといいなと思っています。

平山:そういった形を実現させるために必要なことはなんでしょう?

奥本:先ほど触れましたが、やはり企業規模を問わず、働く場所を“心理的安全性”を感じられる場所に変革していくことでしょうか。最近は徐々にLGBTQへの理解なども進んでいると思いますが、その他にもさまざまな面で許容範囲が広い、自分が自分でいられることを許容できる場所、心も体も健康に生きられる国であれば、いろんな表現や創造が生まれやすくなると思うんです。

東京はありとあらゆる場所から芸術が集まる、世界でもっとも洗練された街だと思います。日本には創造性が生まれる土壌があると思うので、一人一人が最高バージョンの自分でいられるカルチャーが紡がれていってほしいと願っています。そして私は、その“ウェルビーイング”を実現するための活動や投資を今後もさまざまな企業と共創・協働していきたいと思っています。
奥本さんのアート思考探求を終えて
この対談の後、シルヴァン教授とお話しする機会をいただきました。私も近いうちにフランスへ渡り、この源流に対峙して学ぶための行動を起こそうと決意しています。奥本さんからアメリカやフランスのビジネスパーソンとアートの距離の近さを伺い、日本でもっとアーティストやアートとビジネス現場の距離を近づけることができるし、取り組むべきだと感じました。「アート思考は後天的にも自分の内側から引き出せるもの」という言葉もとても印象的で、多くのビジネスパーソンに届いてほしいです。
今回のゲスト
NIREMIA Collective マネージングパートナー兼創業者・
Amber Bridge Partners CEO兼創業者 奥本直子

ボストン⼤学⼤学院修⼠課程修了後、シリコンバレーに拠点を移し、米国Yahoo!本社にてジョイント・ベンチャー担当バイスプレジデントを務める。その後、2017年に独立し「Amber Bridge Partners」を創業。2021年にはウェルビーイング・テクノロジーに特化したVCファンド「NIREMIA Collective」を共同創業。ウェルビーイング推進のために幅広く活動している。

アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」

構成・文:古田啓(Konel)/,写真:アライルイ
企画・編集:野本いづみ
Hello ART thinking!次回予告
現在クリエイターや経営者をインタビュー中です。お楽しみに。アーカイブはこちら
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