コーチング企業THECOACH元代表に聞く組織の多様性にアートができること【アート思考探求マガジンvol.5】
2024.09.04
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アート思考マガジン
コーチング企業THE COACHの元代表取締役で、現在は数社のアドバイザリー・組織支援・プロコーチとして活動している松浦瞳さん。 日本ロレアルからコンサルタントに転身し、シンガポールオフィスを立ち上げに携わり、 東京・シンガポール両オフィスに所属してマーケティング・ブランド戦略の立案に携わるなど高い視座での経営視点を持ちながら人の内面や個性を引き出すコーチ兼コンサルタントとして活動される彼女に、その感性や視点を培った背景を伺いました。
コンテンツ
アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」
アート思考を紐解くインタビュー企画 第一線で活躍する経営者やクリエイターは、アーティストにも似た感受性や視点が備わっているようにみえる。一体なぜ?マガジンでは、彼らの物事の捉え方や感受性を育むまでに至ったパーソナルな体験を対話によって紐解き、難解に思われがちなアート思考の原点に迫ります。インタビュワーはオフィスアートを運営するNOMALARTCOMPANY代表の平山美聡。今回は松浦瞳さんとの対談です。アーカイブはこちらアート思考について知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
戦略的にキャリアを築き、コーチングに出会うまでの経緯
平山:松浦さんは資生堂の経営戦略部のお仕事もされていますね。私も昔資生堂に勤めていたので、本日お話しできるのを楽しみにしていました。さっそくですが、これまでのお仕事について教えてください。 松浦:私も今日を楽しみにしていました。私のキャリアは高校生の時に心理カウンセラーになりたいと思ったところからはじまっています。その後、学生時代に株式会社資生堂の美容部員として働き、資生堂の企業理念に共感したことから「資生堂に入社したい」という夢ができました。 就活の時にOB訪問して企業研究を進めると「いきなり経営戦略に携われるかわからないから、まずは外資系に就職して転職で資生堂を目指してはどうか?」とアドバイスをいただき、最初は日本ロレアルに入社しました。その後縁あって博報堂コンサルティングのシンガポールオフィス立ち上げに携わってコンサル的なものの見方を学びました。その後、就活時の目標通り資生堂の内側に入って仕事をすることになりました。 平山:すごい!新卒から戦略的に資生堂のコアにたどり着いたんですね 松浦:そうなんです、ところがこの当時の資生堂経営戦略部の仕事は熾烈を極めていて。学生の頃からずっと憧れていた資生堂のコアにようやく関われて、頑張りたいと頭では思っていても徐々に身体と思いがチグハグになっていきました。これが自分のキャリアを考え直すきっかけとなりました。 平山:大変でしたね。それによって大きく変わったことはありましたか 松浦:変わりました。感性を活かせていれば人はどんどんいろんな世界を広げていけるのに、ロジカルな思考法だけを活かしていくと「戦う」スイッチが入ってしまい、感性的なものが押し殺されてしまう。 働くということの前提には、もっと自分の内面心理を見つめることや喜びが必要だと感じられるようになったのもこの時です。 平山:資生堂に入社するために外資に入社する・・といった「ゴールからの逆算」で行動していた松浦さんが、自分の感性を信じて行動に移すようになったということでしょうか 松浦:その通りですね。もう一度自分は何がしたかったんだっけ?と問い直しているうち、出会ったのがコーチングの世界でした。 平山:自分の感覚を信じて、人に伝えるって人生にとって大事だと思いますが、直感を信じていいんだ!と思えるようになったきっかけってありますか? 松浦:一番大きいのはコーチングをしてきたことです。何百人もコーチングさせていただくと、人が苦しむ理由の一つに、他人の物差しで生きている時があるということを実感します。他人や会社や社会の物差し、例えば「会社としてこうあるべきだ」という考えは、頭では正しいような気がするのですが、自分の感覚とか感性が押し潰されて苦しくなる人を、身近にたくさん見てきました。 自分の感覚とか感性が内面から発露して「自分はこれが美しいと思う」と思ったものをコアとして仕事や人生を歩めることが長期的にハッピーになれるということを、コーチをすることで逆に教えてもらえた感覚があります。 平山:アートにも通じる部分ですね。ただ、自分の感性や直感を仕事に用いることを考えたことがない、抵抗がある方々もいるんじゃないかと思います。 松浦:自分の感性は一旦脇に置いて、淡々と仕事が継続できるタフさがあるのであれば、それはそのままでいいと思います。ただ、「自分はもっとこうしたい」を押し殺しているもやもやがあるのであれば、もやもやを入口に自分を見ていくといいと思います。そのモヤモヤの中にある「自分は本当はどうしたいのかな」を一歩立ち止まって考えることが大切です。 平山:奇遇です。私もやもや大好きです!日頃からもやもやって大事だなと思っています。松浦さんのものごとを捉える感受性を培った原体験
平山:戦略性と感性のバランスが優れているように思いますが、松浦さんはどのようにしてその感性を育まれたのか教えてください。幼少期に特別な体験はありましたか 松浦:父がデザイナーで、幼少期からイタリアやドイツ、アメリカなど海外にいる時間が長かったです。父は自分が楽しいと思うことに私達を巻き込むことが好きな人で、いろんな体験をさせてくれました。中でも鮮明に覚えているのは、葉っぱのアートです。紅葉の時期に父と妹と一緒にたくさんの葉っぱを集めてきて、大きな紙の上に並べて絵の具をつけてアートにしたんです。今でもそれを家に飾っているくらい印象深い思い出ですね。そういう体験が私の感受性を育ててくれたんだと思います。 平山:ウェルビーイングも意識されていてものごとを多角的に捉えることができる印象を受けていますが、どうやってその視点や視座が培われたのでしょうか。 松浦:小学校4年生のときに父の仕事で日本からアメリカへ移住したのですが、現地の小学生が当たり前のように自分の意見をどんどん発言していて、その光景に衝撃を受けました。英語が喋れないこともあったのですが、そもそも自分の意見をちゃんと発言することに慣れていなくて。 しばらくは馴染めず苦しみました。そんなとき支えになったのが、スクールカウンセラーの存在です。彼女に助けられながら、自分の意見をしっかり伝える訓練をしました。おかげで友だちもできて、苦しい時期も乗り越えられて、すごく救われたことを覚えています。 平山:まさに原体験ですね。 松浦:あと、中学生のときに帰国したとき、アメリカでは日本人扱いされてたのに、帰ってきたら帰国子女と呼ばれて「私の居場所はどこ?」と少し悩んだ時期もありました。けど、ICU高校に行ったら生徒のほとんどが帰国子女で、同じような体験をしている子ばかりだったのですぐに悩みも消えました。結局、アメリカとか帰国子女とか関係なくて、日本で生まれ育った子たちよりもわかりやすく体験できていただけなんだなと。みんな違って当たり前で、そういった違いの中で学べることこそが面白さなんだ、とこのとき思いました。 平山:ご自身の感受性の豊かさがプラスに働いたことはありますか?しんどいことも含めて教えてください。 松浦:しんどい時期はたしかにあって、コンサルティングの仕事をしている時は「直感を言語化する力」がまだなくて、それがなぜなのか説明しても理解されないことが多かった。 人に理解されないと自分の感覚を大事にできなくなっていく。その感性や感覚が自分の強みだという感覚で立てた仮説に納得してもらえるようにロジックをたてることに全集中しているのがコンサル時代でした。 また、経営(THE COACH)をしていた時はメンバーの微細な感情をキャッチしたり、自分がなぜこの事業をやりたいのか、求心力を持ってメンバーを引っ張っていく時には自分の中にある感覚をちゃんと言葉にして伝えることが重要だったし、その時は自分の感受性が役に立ちました。 言葉にならない知識や経験値は、学術的に「暗黙知」と呼ばれていて、逆に再現性があって人に伝えやすい知識やスキルは「形式知」と呼ばれます。最近、知人から「暗黙知を伝えるのが上手だね」と言ってもらえて嬉しく思ったのですが、これは自分の感受性を言語化する努力を積み重ねてきた結果ではないかと思います。 平山:暗黙知と聞くとちょっと難しく感じますが、「言葉にならない経験値」と言われてみるとすっと理解できました。アーティストは暗黙知を表現していく存在なので、私たちはアーティスト一人一人が持つ暗黙知の素晴らしさを人に伝えていく役割を担っているのかもしれません。組織の多様性に必要な”進化ウイルス”と”アート”
平山:コーチングをベースとした組織開発コンサルティングをされているとお伺いしていますが、こちらも具体的な内容をお聞かせください。 松浦:はい。縁あってコーチング企業THECOACHの代表をしていましたが、当時からからわず今も組織の支援に入る際は、対話を通じて組織内の関係性を耕すサポートをしています。その中で私はよく「組織の血の巡りを良くする」という表現を使っています。 平山:良い言葉ですね!幅広い仕事という印象を受けますが、どのようなフェーズで頼まれることが多いですか? 松浦:よく声がかかるのは新規事業開発チームです。お互いのことをよく知らない、多様なメンバー同士で新しいものを生み出す機会って、滅多にないことなのでハードルが高いんです。「みんな違ってみんな良い」はもちろん大事だけど、一歩間違えると「みんな違って”どうでもいい”」になりかねません。そうならないためにも、一人ひとりが対話の力を身に付け、お互いの理解を深めることが必要になります。チーム一人一人の個性を引き出し、活かしたい、という時に組織開発を通じた支援で力になれると思います。 平山:たとえば弊社のような10人以下の少数組織は、どうしたらより良い組織になれると思いますか? 松浦:立ち上げ期の会社は「共鳴」がすごく大事です。全員が意見を出せる空気が前提にある中で、事業を担う源となる人(社長やリーダー)の感覚や衝動が純度の高い形でしっかりと共有されていることが組織の土台になります。そうすれば、ただ楽しいだけでは越えられない局面も乗り越えられると思います。 平山:楽しいだけでは乗り越えられない局面、という言葉がすごく刺さります。立ち上げから少し安定してきたフェーズの時はどんな状態がベストですか? 松浦:安定期は、ある程度向かってる方向が見えてくると思うので、立ち上げ期とは少し毛色の違うメンバーを入れるとより良い強い組織になっていきます。前の会社では”進化ウイルス”と呼んでいました。 平山:進化ウイルス? 松浦:同じような視点のメンバーだけでやっていくと、どうしても見えなくなってくる部分も出てくるんですよね。なので、ある程度方向性が決まっているフェーズなら、多角的な視点を取り入れたほうが視野も力の幅も広がっていきます。そして、その多様なメンバーの声を活かして活躍できるような環境をつくっていくと、安定期をグッと乗り越えられるんです。 多様性が増す分、相互理解や対話がより必要なフェーズでもあります。 平山:実は私たちも大企業から「クリエイティブで自発的な力を発揮できる組織にしたい」という理由でアートを導入するご相談が増えています。大きな組織で多様性を発揮できるようになるにはどうしたらいいでしょうか。 松浦:最近の大企業ってやらなければならないことが増えすぎていると思うんです。多様性とかSDGsとか、次々増えていくイメージで。本業も忙しいのに、やらなきゃいけないことが多すぎる。そういった中で何か新しいことを始めようと上から号令をかけても「また強制的にやらされている」という感情が芽生えてしまいます。あくまでも、自分が内発的にやりたいと思ったことに自分のペースで挑戦できる機会がこの組織にはある、そういう事実が大事だと思います。 小さなプロジェクトでも必ず有志でメンバーを集って、そこで成功体験をした人を10人20人とちょっとずつ増やす。すると私もやりたい!というメンバーが増えて来て、たんぽぽの綿毛のように社内に広がり、組織が変わっていくと思いますね。 平山:組織の多様性を活性化するために、アートを活用することについてはどのようにお考えですか 松浦:アートにはすごく可能性を感じています。自己表現や「自分はこれが大事なんだ」ということをビジネスの中で表現するのって正直ハードルが高いと思うんです。評価があるものって「自分がこうしたい」というものを表現するのに適してない環境だと思うからです。評価はある意味「誰かの物差し」だと思うので、物差しからはずれちゃいけない、という感覚が生まれやすい。 アートだったり環境をちょっと変えていくとその物差しから外れたところで自分の感性や感覚を表現しやすいし、それを他者から「素敵だな」と認められると心から喜べますよね。自分の感覚を自分でも肯定できてくる。そうすると、次は組織の中でも自分を表現してみよう、という欲求に変えていけるんじゃないかなと思います。 また、これまでの大企業では、制度設計やHR領域でもハード面について語られることが多かったですが、最近ではほとんどがパーパス(目的・意義)やエンゲージ(会社に対する愛着)などのソフト面について語られています。ソフト面に関しては、仕組みというより一人ひとりの内面とか関係性のような感覚値が大事になってくるので、そういった意味で、アートなら「美しい」という感性や「そこに向かいたい」というビジョンを共有できるのではないかと思います。松浦さんのおすすめの本
平山:興味深い話をありがとうございました。最後に、松浦さんが繰り返し読んでいるようなバイブルがあれば教えてください。 松浦:2冊持ってきました。1冊目は福原さん(資生堂名誉会長)の『美』です。2冊目はダニエル・ゴールマンとピーター・センゲの『21世紀の教育』です。 『美』 よりよく生きるとはどういうことか?という内容です。本の中に「人はもともと、美しいと思う感覚に触れて生きることで、よりよく生きる力をもった生き物」という私の大好きなフレーズがあって、五感を研ぎ澄ませていく重要性を教えてくれます。相手の美や感性を聞いていくと、結局「どう生きたいか」に戻るんです。そんなとき、美しいものに触れて心を豊かにしていく感覚って大事だよな、と福原さんの言葉を思い出してコーチングや対話をしています。 平山:今で言うと山口周さんも同じ感覚の話をよくされているけど、もっと昔からその感覚を持っていたのはすごいですね。 松浦:そうなんですよ。文化資本の本で組織経営について語られているのですが、そこでも『美』の内容が土台になっているのかなと感じます。美しさや感情をビジネスに活かす考え方が面白くて好きです。 『21世紀の教育』 松浦:子どもの社会的能力とEQ(心の知能指数)の重要性に焦点を当てた本です。自分の感覚や感情を理解していくことが、社会をより良くしていくための1歩目なんじゃないか、ということを思わせてくれます。 平山:表紙にあるEQという言葉は、心の知性的な意味ですよね?多様性の時代にはそういう知性が必要だ、ということが書かれているんでしょうか? 松浦:知性って聞くとIQ(知能指数)を思い浮かべるけど、EQ(感情的指数)やSQ(社会的指数)とかいろいろあるんですよ。そういう、人間が本来持っている様々な知性を活かしていこう、という話はしていますね。 頭で考えることに偏りすぎると、何が正しいか正しくないかという判断はしやすい反面、感覚や感情が疎かになってしまいます。なので、どちらも大事にしながら、多様で難しい時代をどうやって子どもたちと共に歩んでいけるか、ということが書かれています。大好きなので何度も読み返して、その度に線が増えていきます。 大人が自分らしくいられると、子どもたちや次の世代も自分らしくいられるようになって、いつか戦いの世界観で物事を進めるのではなく、共にどうやってより良くしていけるのか、というマインドシフトが起きるんじゃないかと思っています。 平山:すごい線の量!本も持参いただきありがとうございました。いつか松浦さんと一緒にアートでウェルビーイングや多様性の広がりを感じられるプロジェクトをご一緒したいです。松浦さんのアート思考探求を終えて ちょうどこの対談をしていた頃、アートを使って大企業の多様性を活性化する プロジェクトが進行中だったので「組織の物差しから一度はずれて自分や自分のやりたいことを見つめ直すのにアートを活用する」という話が響きました。 ウェルビーイングとアートの関係についてより深く観察できた素敵な時間でした。
今回のゲスト 松浦瞳 新卒で日本ロレアルに入社。(株)博報堂コンサルティングに転身し、マーケティング・ブランド戦略の立案などのプロジェクトを推進。(株)資生堂 経営戦略部にて、ASEAN戦略立案、2030年ビジョンの策定などのプロジェクトに従事。 直近では、コーチング企業(株)THE COACHの代表取締役を担い、toC向けスクール事業と法人向けの組織開発・人材育成事業の立ち上げなどを行う。2023年末に退任し、独立。 松浦さんのSNS/X/note/運営サイト:re.
アート思考探求マガジン「Hello ART Thinking!」
構成・文:吉田 朋哉・野本いづみ/,写真:吉田 朋哉 企画・編集:野本いづみHello ART thinking!次回予告 現在クリエイターや経営者をインタビュー中です。お楽しみに。アーカイブはこちら
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